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ジョン・W・ダワー『アメリカ 暴力の世紀』(岩波書店)
 著者のダワーはマサチューセッツ工科大学名誉教授で日本近現代史や日米関係史の専門家である。本書は2016年9月にアメリカで出版され、2017年11月に日本語版が出版された。
 題名は1941年に発表されたヘンリー・ルースの『アメリカの世紀』をもじったものである。ルースはこの評論で第二次世界大戦への参戦を支持し、アメリカの信奉する自由・平等という価値観を世界に広めるためにアメリカは積極的に行動すべきだと説いているが、それはまさにパツクス・アメリカーナの幕開けを告げるものであったといえる。
 ダワーはそこに「暴力」を加えて戦後アメリカという国家の「高貴な理想」とは裏腹な軍事化と世界的な規模での非寛容性と暴力行使という暗鬱な側面に迫ろうとしたものである。アメリカはその面では常に偏狭で、人種偏見や被害妄想そしてヒステリーを生み出してきたが、時あたかも登場したトランプ大統領はまさにその面においてこそ活躍の場を見出すであろうと日本語版の序文でダワーは述べている。そして、日本はこれまでそのアメリカに盲目的に従属し、日米同盟関係のもとで豊かな国となり、平和憲法下で「平和と民主主義」が保たれてきたが、2016年選挙によるトランプ大統領の登場によって今後より強い圧力を受けることになるであろうとも述べている。
 さて、本書ではまず冷戦時代に焦点をあてる。冷戦時代は確かに戦争中に比して戦争関連死亡者の数は少ないといえるかもしれないが、この時期にも世界の各地で紛争や内戦が起き、戦死者だけでなく多くの戦争関連死亡者や難民を生み出している。それはソ連をはじめとする共産主義政権による弾圧と侵略行為を原因とするものが多いが、アメリカもまたラテンアメリカやアフリカ、アジア、中東でさまざまな軍事介入を行って紛争の陰の当事者となってきた。いわゆる代理戦争と呼ばれる東西対立に基づく戦争が主であったが、なかでもアジアでは朝鮮戦争とベトナム戦争が大きい。またアメリカはラテンアメリカをはじめとして世界各国で左翼系政権の打倒や右派独裁政権の防衛のためにCIAなどによる政治介入や秘密工作を積極的に行ってきた。
 CIAはベトナム戦争時にはアメリカ国内の批判勢力にも向けられていた。1945年からソ連が崩壊した1991年までの間にCIAが行った主な「秘密工作活動」は85件あるそうだ。元CIAの職員たちの証言によると、第二次世界大戦以降アメリカの秘密工作活動の結果死亡した数は少なくとも600万人にのぼっているという。2015年現在でもCIAは世界約150国にその拠点を置いているという。
 冷戦時代には米ソの軍拡競争が激しさを増し、核兵器の拡大につながり、アメリカは太平洋地域を含む27カ所にも核兵器を配備していた。当時日本では非核三原則を掲げて核兵器の国内への持ち込みは認めていないとされていたが、実際には日本に寄港する米艦船には核兵器が搭載されていたし、日本政府もそれを承知したうえでアメリカと共謀して知らぬ振りをするという不誠実な態度をとったと批判している。
 アメリカの軍事力をさらに質的・量的にも拡大させたのは意外にもカーター大統領だったという。1979年のアフガニスタンへのソ連侵攻とイラン革命がアメリカの中東への石油依存に対する危機感を強め、カーター大統領は米軍の4部門を統合する「迅速作戦展開編成部隊」の創設を行った。これがさらにレーガン大統領の軍拡路線に引き継がれより強化され、さらにはCIAによる秘密工作活動のエスカレートにもつながっていったのである。
 冷戦終結後の1990年に起きた湾岸戦争はあらたなデジタル兵器の登場により、「コンピュータ戦争」とも呼ばれるようになった。この戦争による圧倒的な勝利はアメリカの自信と威信を回復させた。ブッシュ大統領はイラク軍の敗走直後の演説で「ベトナムよさらば」と繰り返し述べた。しかし、中東でのアメリカのこの勝利は他方で中東地域でのイスラム教徒の反米感情の増大にもつながり、それが後のアルカイダによる9.11同時多発テロへとつながっていったのである。
 9.11に対する報復として行った「対テロ戦争」という名のアフガニスタン、イラクへの侵攻はアメリカの楽観的見通しを打ち砕いた。圧倒的な兵器を駆使して敵軍を打ち砕いても、勝利は決定的とはならなかった。相手方はまさに「非対称の戦争」と呼ばれる不定型なゲリラ活動で対抗し、戦線は膠着状態に陥った。そしてイラクとアフガニスタンでは多くの非戦闘員が犠牲になった。イラク、アフガニスタン、さらにパキスタンも加えると「対テロ戦争」での最初の10年間での犠牲者は推計でおよそ130万人とみられている。米軍における戦闘での死者数はそれまでの戦争に比べて格段に少なくなったが、戦闘地域での犠牲者と難民が増大した。
 こうして「対テロ戦争」はまさにパンドラの匣を開けてしまったのである。9.11の直後にCIAが作成した機密文書『世界的規模での攻撃マトリックス』には世界80カ国で攻撃態勢をとるとしていたが、2010年の時点で75カ国に精鋭の特殊部隊が配備されていた。さらに、2014年の国防総省の報道発表では2011から2014年の間に特殊作戦部隊は150カ国以上で任務に携わったとされている。こうしたアメリカの「テロに対する不安の連鎖拡大反応」は、他方で多くの難民とテロリストを生み出して、結局は世界に「不安定の連鎖拡大反応」をもたらしている。いまや「永久戦争」とさえいわれている。まさに悪循環といってもいい。オバマ大統領は2013年にはアメリカはもはや「テロとの世界戦争」を遂行するのは止めたと宣言したが、2017年現在でもアフガニスタンでの戦争はまだ完全には終息していないし、イラク、シリアなどにも米軍への関与は依然として続いている。
 イラク戦争については、イギリスではその関与について独立調査委員会が立ち上げられ、軍事任務内容の明確化と任務遂行でのイギリス軍の無能振りが厳しく告発されたているが、アメリカではそのような政策決定を査定し、個人と組織の責任追及がなされていない。「アメリカの例外的な美徳」という神秘的観念には、無責任、挑発、残酷な軍事力への陶酔、偏執狂、傲慢、容赦のない犯罪行為に、そして犯罪的怠慢にさえ、真剣に考慮を払うという機能が欠落している、と結んでいる。
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