2016年の2月に重力波が発見され、世界がわいた。2017年にはそれを発見したアメリカの研究機関LIGOのメンバーがノーベル賞を受賞したことは科学史上の大きなニュースであった。そして2017年10月にはさらに1億3千光年にある中性子星連星の合体による重力波が検出された。最初に観測された重力波がブラックホール連星の合体によるものであったため電波望遠鏡では観測不能であったが、この中性子星合体は莫大な放射線をおびた金属片を放出することから望遠鏡でもその合体後の様子が各地の天文台で観測され、重力波源が特定されたのである。もはや重力波の存在は疑いようがない。
著者は東大の理学部物理学科出身の科学ジャーナリスト。重力波発見のニュースに心躍らされた一人である。あらためて彼女はそもそも重力波とは一体何かについてできるだけ分かりやすく自分でも確かめるように探求の旅をはじめる。古代ギリシアのアリストテレスの世界観から近代のニュートンまでの歩みをざっとたどり、重力がニュートンの万有引力の法則であることを確認したうえで、まずはニュートンの絶対時間、絶対空間という概念を検証する。ニュートンの主著『プリンキピア』はハレー彗星で有名な天文学者エドモンド・ハレーに背中を押されて世にでることになったというエピソードも紹介されている。 さて、ニュートンは時間は数学的でなにものにも関わらず一様に流れるものであり、空間はいかなる外的事実にも無関係に常に同形で不動であるという絶対時間・絶対空間を提唱した。これは私達の経験則にも合致しているように見えるが、ニュートンはあくまでも数学的枠組みを考えるうえでその概念が必要だと考えていただけで、彼は「私は仮説は作らない」と言ってきたように重力についてもなぜそれがあるのかを問わず、万物の間には質量に応じて遠隔作用としての引力=重力が働く、それは所与の原理であるとした。ニュートン力学は一定の重力場においてはきわめて正しい。しかし、その後ファラデーとマックスウェルらが電磁力学を確立し、光が電磁波の一つであるかもしれないと説いた。それを証明したのがドイツ人ハインリッヒ・ヘルツである。 そして、ニュートン力学とマックスウェルの電磁力学を統一したのが、かのアインシュタインというわけだ。アインシュタインはニュートンの絶対時間・絶対空間を否定し、時間と空間は相対的なものであるとした。それが1905年に発表された特殊相対性理論である。時間と空間は不即不離であり、それぞれが相対的なものであるとしたのである。特殊相対性理論は@観測者が動いていても物理法則は変わらない(相対性原理)、A光の速度はどんな観測者が測定しても同じ速度になる(光速度不変の法則)の二つからなる。 そしてその後アインシュタインは一般相対性理論を発表する。特殊相対性理論が「観測者が等速運動をしている時」という条件がついていたのに対して、どんな速度で運動している時でも成り立つ「一般」法則がそれだ。この理論が全く新しい重力に対する考え方を提供したのである。ニュートンは重力を物体と物体の間に働く遠隔作用だとしたが、アインシュタインは重力は四次元時空の場=重力場がもたらすものだと考えた。つまり電磁力学における電磁場と同じである。重さのある物質は重力場を生み、そしてそこにある物質は重力場から力を受けるのであると。そして重力の大きさはその相対距離に反比例する。1915年にアインシュタインは彗星の近日点移動についてニュートン方程式では説明ができないが、アインシュタイン方程式では説明が可能となるという論文を発表する。その理由は地球上の重力を前提にニュートン方程式が創られているのに対して、偏った楕円軌道を回る彗星の近日点における太陽との距離は地球上とは比較にならないほど近いため、彗星の受ける重力の大きさが変わることをアインシュタイン方程式は計算に入れているからである。1916年にアインシュタインは一般相対性理論の全体像を発表した。重力波の存在を予言したのもこの論文である。 アインシュタインが相対性理論にたどり着くきっかけとなったのは実は光の研究を通してである。光が粒子なのか波動なのかについては長く論争が続いた。ニュートンは「光は発火物質から放出される微小な物質ではないか」と光粒子説に傾いていた。しかしそれに対して光を縦の波動とする考えを唱えるものもいた。その代表がニュートンより少し年上のオランダのホイヘンスで、彼は天体と天体の間にはエーテルが存在し、それが縦波を伝える媒体だと考えた。このエーテル縦波論はかなり長く人々に影響を与えた。しかし電磁波の研究をしていたマックスウェルが光は電磁波と同じ横波であることを方程式で導き、そしてヘルツが実験でそれを証明したことで縦波論は否定され、さらに1905年のアインシュタインの特殊相対性理論によって電磁波の伝達には媒体など考える必要はないとしてエーテルの存在はあっさり否定され、かの光速度不変の法則へとつながっていくのである。 そしてアインシュタインは重力は4次元時空の座標軸に歪みを引き起こすものだと考えた。ちょうど網のどこかにボールを落とすとボールの有るところに窪みができるのと考えればいい。そして天体はその歪みのなかでもっとも進みやすい線=測地線に沿って進んでいくのだ、と。そこからアインシュタインはリーマン幾何学の10個の数値セットを応用してどのような座標系でも適応できる一般相対性理論のアインシュタイン方程式を導き出したのである。 アインシュタインによれば太陽の近くを通る時に光も太陽の重力場の影響を受けて曲がるはずだと考えた。1919年にイギリスのアーサー・エディントン卿率いる日食観測隊が日食時に太陽の近くで観測した恒星が半年前の夜に観測した時とわずかにずれていたのである。エディントン卿はこれが星の光が太陽によりわずかに曲げられたためだと主張し、結果的に相対性理論の正しさが証明された形になった。1979年には天体の光が重い天体の周りの時空で行路を曲げられ、ちょうどレンズが光を曲げるように歪む重力レンズと呼ばれる現象も観測されている。 重力波は網に重いボールを投げた時に網に窪みが生ずるが、そのボールを強く投げ入れたとしたら網にも波のような揺れが生ずる、それが重力波である。重力波が生ずるような天体の大きな質量の変動は超新星爆発や連星の合体などである。銀河系のなかでは100年に一度起きるかどうかであるが、広大な宇宙では数年単位あるいは年に数回で起きていると見られている。 今回の発見は僥倖ではあったが、世界の研究機関がそうした重力波を検出する設備とノウハウを確立しつつあるということを証明したともいえるであろう。日本も高性能の重力波観測装置KAGRAを現在建設中で、2019年には本格稼働を迎えることができると期待されている。すでにヨーロッパでは2003年からVIRGOが動き出しているので、アメリカのLIGOとともに三地点での同時観測により重力波観測はより精度の高いものになると期待されている。
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