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家近良樹『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)
 大書であるが、読みやすく一挙に読んだ。できるだけ一次資料に依拠し、西郷隆盛の実像に迫ろうとする著者の姿勢は高く評価できる。
 著者は西郷隆盛の政治的な活動に重きをおいているので、結婚や兄弟などの家族関係などの私的な事柄についてはごくわずかにしか触れていない。奄美大島に遠島されていた時の現地妻愛加那(あいかな)については多少紙幅をさいているが、糸との再婚についてはわずか一行足らずである。おそらく家族のことは一次資料も少ないこともその理由であろうが、著者が西郷隆盛の公的な活動に重点を置いてもいることが最大の要因であろう。
 いずれにしても、読み応えのある本である。著者の熱意にも敬服する。
 なお、著者は西郷隆盛についての過大評価については否定的である。つまり豪胆で人格も優れた英雄という一般に流布されている西郷隆盛像は西郷の実像からはややズレている。彼は好き嫌いが激しく、また涙もろい人間であり、どちらかといえば感情に左右されるところが多分にあった。そのため周囲との間に誤解や反発を生むことも少なく、またそれがストレスとなってしばしば体調を崩した。体格は立派だったが、必ずしも精神的に頑健とは言えなかった。いやむしろ繊細なほど周りに気配りをする人間だったのである。また、けっして器用に立ち回れるタイプの人間でもなかった。その一方で人誑しでもあった。感情の表裏が少なく、信頼する者との間にはしっかりとした絆を作り出すことができたため、多くの優れた人材を自分の周りに引き寄せることができた。また、いざ大事に臨んでは死を恐れず、周囲を圧倒するほどの胆力を持ち、しかも権力や金や名誉に対してはつねに恬淡としていたことも確かのようである。
 主として西郷本人の書簡やその周辺の関わりのあった人々の書簡や談話を基に描かれた著者の西郷隆盛像は確かにある程度リアルな印象を与えるが、それだけに却って西郷隆盛という男がなぜあれほど人を動かす力を持っていたのか、島津久光が西郷を毛嫌いしながらも、その力に頼らざるを得なかったのはなにゆえか、など西郷隆盛の凄まじいほどの磁力の秘密がにわかに解き明かされという印象は残念ながら持てなかった。それはおそらく歴史家の範疇を超えた問題なのかもしれない。司馬遼太郎はその辺に踏み込もうとしていたが、それは記録に残されていないものを史実をもとに想像力を働かせて紡ぎ出すような作業となるのであろう。従ってこの著者にそこまで求めるのは筋違いなのかもしれない。
 しかしあらためて幕末の詳細な動きを振り返ってみると、まさに筋書きのないドラマである。捩れ、揺り戻し、反転などが目まぐるしく起こり、佐幕派と倒幕派の両者に多くの混乱をもたらす。まさに時代に翻弄されたといってよいだろう。それでも、歴史は行きつ戻りつしながらもひとつの方向へ向かって動いていったのだ。
 
 
 
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