きわめて興味深い著書である。 さて、タイトルにある4つの理由とはなにか? 本書ではその4つの理由について、それぞれ以下の4つの章に分けて触れられている。
第1章「習近平3期目の正しい読み解き方 理由1=権力基盤の強靭化」 第2章「台湾侵攻と平和統一という“矛盾”の意味 理由2=台湾戦略の『軟化』」 第3章「習近平の権力と中国共産党の抜き差しならぬ関係 理由3=党・軍・大衆の『呉越同舟』 第4章「中国が着々と構築する新たな世界的枠組みの実態 理由4=ポスト戦後の『合従連衡戦略』 である。
まず、第1章の「理由1=権力基盤の強靭化」であるが、習近平が行った「反腐敗闘争」は、汚職疑惑のある党幹を追及するものであるが、それは同時に激しい権力闘争でもあった。その「反腐敗」もおざなりではなく、徹底的に行われ、大トラとも呼ばれた上級幹部たちにも容赦なく鉄槌が下された。それにより、結果的に多くの国民大衆からの支持を勝ち取ることができ、あわせて政敵の追放も可能となり、それが権力基盤の強化にも繋がったのである。 次は第2章の「理由2=台湾戦略の『軟化』」である。 ロシア・ウクライナ戦争の裏にはアメリカとNATOの策動があったというのが中国共産党の見方である。そして、アメリカはウクライナ戦争によって結果的に自国の軍需産業においては莫大な利益を得ており、まさに「漁夫の利」の構造となっているのである。 このウクライナ戦争の構図は、中国・台湾をめぐる対立にもそのままあてはまる可能性がある。つまり、アメリカが台湾独立勢力を焚きつけて中台間に紛争の火種をもたらし、そこからさらに日本を巻き込んだ戦争へと戦火を拡大させれば、勝っても負けても中国は戦禍にさらされ、弱体化は避けられない。しかし、ライバルであるアメリカは直接的な戦禍にさらされることはなく、軍事供与などにより「漁夫の利」を得る可能性があるのだ。 中国は、それゆえこうした「外部勢力」による台湾独立策動にはきわめて神経質になっている。従って、もし台湾が「独立」を打ち出せば、その時は、武力をもってしてもそれを阻止するという姿勢は崩さないという立場は依然として堅持していることは明確である。 しかし、その反面で、中台関係は以前にも増して相互に緊密で、安定をしているのも事実で、台湾統一という目標は絶対ではあるが、習近平の基本的な考え方は、必ずしもそれは武力によるものではなく、平和的統一をむしろ前面に掲げるものとなっている。 その背景にあるのは、そもそも平和的統一方針はかつてケ小平が掲げ、その後の歴代のリーダーにも受け継がれてきたものであることもあるが、また習近平自身これまでの党生活において長い間台湾の向かいにある福建省でキャリアを築き、台湾にも長く関わるなかで太い人的繋がりを作り上げてきているという点も大きい。 加えて、台湾の国防力も相当な水準となっていて、武力侵攻は相当の代償を覚悟しなければならないことから、むしろ経済的協力関係を維持することの方がはるかにメリットが大きいという面も見逃せないだろうと、著者は言う。 さらに、第3章の「理由3=党・軍・大衆の『呉越同舟』」についてである。 習近平が、なぜここまで揺るぎない権力基盤を勝ち取ることができたのか。それにはもちろん第1章でみた国民大衆の支持もあるが、もちろんそれだけではない。一言でいえばやはり人事の力である。 その象徴が、反腐敗キャンペーンの最高責任者として辣腕を振るった王山岐であり、また日本の官房長官にあたる党中央弁公庁主任に抜擢された栗戦書である。二人とも習近平より年上であるが、胆力に長け、実務能力も高く、習近平の期待に見事に答えた。 さらに、もう一人は、軍改革に大なたを振るった党中央軍事委員会弁公庁主任に就いた秦生祥である。それまで習近平自身も軍と関わりのある実務を多くこなしてきていたが、軍はいわばある種の聖域として党から多少独立性のある地位を有していた。軍による独自の経済活動なども認められ、また軍のナンバーをつけた軍用車両が公道を我がもの顔に走る様子は国民からも大きな反発を招いたりしていた。そこで、習近平は軍に対しても例外は認めないとして軍の改革に踏み込んでいった。習近平が出した「大清査」の指示はまさに軍に対する宣戦布告ともいえるものであったが、その指示に沿って軍改革を粛々と進めたのが秦生祥であった。 そして第4章の「理由4=ポスト戦後の『合従連衡戦略』」について。 ウクライナ戦争は、中国からみれば、アメリカの食糧ならびに石油エネルギーの覇権にロシアがあからさまな挑戦をしてきたことに対する反撃と映る。ロシアの挑戦は同時にまた世界の基軸通貨ドル覇権をも脅かす可能性すら秘めていた。 そして、それは中国が“産業のコメ”である半導体と通信、そしてハイテク産業でのアメリカのアドバンテージを脅かしてきたことと相似する問題だ。 中国では、それゆえウクライナ戦争に関しては、アメリカが背後で糸を引いていることはロシアの侵攻前からテレビのドキュメンタリー番組などでもはっきりと取り上げられていた。 加えて、中国にはロシアと共有できる「対米不信」がある。例えば、2004年から翌年にかけて発生し、ついにはウクライナに親米政権を誕生させたオレンジ革命につても、中国人の目からみれば平和的手段を使った政権転覆、すなわち香港の民主化の弾圧やウィグル族への人権侵害など中国の弱点を利用して仕掛けられるいわゆる「和平演変」の動きと重なってみえるのだ。 2022年2月4日に北京冬季オリンピックに参加するために訪中したプーチンと習近平が発した共同声明のなかで、「カラー革命反対」と「NATOの東方拡大反対」が明記されたのはこのためだ。 だが、中国のウクライナ戦争に対する立場は、あくまで「侵攻」にはNOであるが、他方で「対露制裁」にもNOの立場である。 この中国の立場は世界的にみればむしろ多数派の考え方であり、多くの国々から共感をもって迎えられている。例えば、対露制裁に加わった国の数は、国連加盟国190か国中わずか50か国であり、その他の140か国は参加していないのである。 さらに言えば中国は、アメリカをはじめ西側諸国から、新疆ウイグル問題について国連人権理事会で人権侵害の疑いで追及されたが、西側諸国の中国非難のその提案は反対多数で否決されたのである。 こうしたなかで、中国が中心となって進めている上海協力機構(SCO)が世界の注目を集めている。2022年9月に開かれた加盟国首脳会議において、習近平が述べた「外部勢力による『カラー革命』を導こうとする試みに警戒し、いかなる理由による他国への内政干渉にもともに反対しよう」という発言によって、このSCOが多くのグローバルサウスの国々とっても「内政不干渉」を旗印に、アメリカからの圧力をかわすためのシェルターの役割を担ってくれるものとの期待を集めはじめたと言っても過言ではないかもしれない。 さらに今後、BRICSにとどまらず南米のCELACや産油国のOPECプラスなどが流れを打って加わることになれば、それはおそらく現実味を帯びることになるだろう。
|