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堤未果『日本が売られる』(幻冬舎新書)
 著者は国際ジャーナリスト。ニューヨーク州立大国際関係論学科卒。第一章「日本人の資産が売られる」、第二章「日本人の未来が売られる」、第三章「売られたりものは取り返せ」からなる。

第一章「日本人の資産が売られる」

1.水が売られる
 国土交通省が発表している水道水が飲める地域は、アジアでは日本とアラブ首長国連邦の2か国のみ。その他はドイツ、オーストリア、アイルランド、スウェーデン(ストックホルムのみ)、アイスランド、フィンランド、ニュージーランド、オーストラリア(シドニーのみ)、クロアチア、スロベニア、南アフリカ、モザンビーク、レソトであわせて15か国(196か国中)しかない。1995年8月当時世界銀行副総裁だったイスマイル・セラゲルディン氏は「20世紀は石油を奪い合う戦争だった。21世紀は水をめぐる戦争になるだろう」と述べた。
 水道の民営化は1980年代に、シカゴ大学のミルトン・フリードマンから始まった。民間企業のノウハウを活かし、効率の良い運営と安価な水道料金を、とのかけ声のもと、それは南米、イギリス、北米、欧州、アジア、アフリカとみるみる拡大した。結果は、水ビジネスが、貴重な資源に市場価値をつけ、それをいかに効率よく使うか、という投資家優先ビジネスとなり、多くの国で水道料金は下がるどころか、値上がりしたのである。
 1996年水道民営化を推進する国際シンクタンク「世界水会議」がフランスで設立された。会長は世界三大水企業のトップの一人である。世界三大水企業は仏ヴェオリア社とスエズ社、英のテムズ・ウォーター社である。この三大水企業をはじめとして水企業は水を優良な投資商品とみなす投資家から資金を集め、各国の水資源の買収や水の管理権の買収を進めている。もはや飲み水がただの時代は終わったのだ。
 しかし、民営化しても水道料金の値上げや水質管理の杜撰さなどで、再公営化する国や地域が後を絶たない。しかし、再公営化によって自治体や国は、巨額の損害賠償を支払わされるケースも多い。民営化後、わずか五年で再公営化した米国アトランタ市は、水企業の全株式を市民の税金で買い戻す結果になった。2000年から2015年の間に世界37か国235の都市が、一度民営化した水道事業を再公営化している。
 そんな流れに逆行するように日本は、小泉政権で竹中平蔵の主導により、水道業務の大半を民間に委託できるよう法律を変えている。また民主化政権下でも、2011年3月にPFI法改正案を閣議決定し、自治体が水道を保有したまま運営だけ民間企業に委託するというコンセッション方式を導入している。さらに、2013年4月には麻生副総理が、米国のシンクタンク、戦略問題研究所の主催するイベントでこれから日本は水道事業をすべて民営化できるようにする、と公言したのである。同じ頃大阪市の橋下徹市長が水道事業の運営権を市が全額出資する民間企業に売却する方針を示した。しかしこの案は、市議会で強い抵抗に合い、否決されている。
 自治体が二の足を踏むなかで、2018年5月に、政府主導により法律を作り公共水道の運営権を民間企業に持たせることを促進する政策を進めていくことを決定した。その法律には上下水道や公共施設の運営権を民間企業に売る際には、地方議会の承認は不要、という特例もしっかり盛り込まれた。おまけに、災害時に水道管が壊れた場合の修復も、国民への水の安定供給も、どちらも運営企業ではなく、自治体が責任を負うこととされ、企業は自然災害大国日本 で、リスクを負わず、自社の利益追求ができるようになったのである。
 この法律から1か月後に大阪市は、水道メーターの検針、計量、水道料金徴収事業を仏ヴェオリア社の日本法人に委託した。その後も、静岡県浜松市は国内で初めて下水道の長期運営権を仏ヴェオリア社に20年契約で売却した。熊本県合志市、栃木県小山市も後に続いた。
 水道法改正案は、2018年12月6日可決・成立し、今後各自治体が民間企業に水道運営事業を売却することがこれまでよりも一層容易となったため、この流れは加速していくだろう。

2.土が売られる。
 環境省が福島ま8000ベクレル以下の汚染土を公共工事で再利用すると発表してまもなくの2016年4月、仏ヴェオリア社CEOのアントワーヌ・フレロ氏は日本で放射性廃棄物ビジネスに乗り出す計画を明らかにした。さらに、環境省は2018年6月、原発事故で除去した汚染土を公園や緑地の園芸などにも再利用することを決定した。全国各地で民間企業による放射性廃棄物の不法投棄が後を絶たない日本で汚染土ビジネスに道を開くリスクを果たして分かっているのだろうか、という著者の懸念は当然であろう。

3.タネが売られる
 2017年4月、日本人の食に関わる重要な法律が採決された。日本の主食である米・麦・大豆という三大主要農産物の安定供給を支えてきた種子法が廃止されたのである。種子法は、主食の種子を国の管理下に置き、米・麦・大豆の種子は自治体の農業試験場で自治体職員が原種と原原種を生産し、それを栽培農家にJAを通じて配布するシステムを支えてきた。
 この種子法により、種子は日本人の公共資産として大切に扱われ、コメだけでも300種類にのぼる種子が作られ、保存されている。農産物の種類が多いということはそれだけ食の安全保障に関わるリスクヘッジとして有効であり、種子法はまさに日本人の食の安全保障を支えてきた重要な法律だったのである。
 それに加えて、種子法廃止と同時期に導入された「農業競争力強化支援法」では今まで日本の都道府県が蓄積してきた「公共種子の開発データ」が民間企業に無料で提供されることが明らかとなった。
 なんでそんなことになるのか。その背景には種子そのものが、いまや巨額の利益をもたらす商品と化し、世界的なマネーゲームの道具と化している現実がある。
 1970年代の後半、アメリカ政府は当時世界の穀物貯蔵の95パーセントを押さえていた穀物メジャーの意向を受け、食糧を「自国民を食べさせるもの」から「外交上の武器」へと変えた。当時の国務長官キッシンジャーは「食をコントロールする者が人民を支配し、エネルギーをコントロールする者が国家を支配し、金融をコントロールするものが世界を支配する」と述べ、ハーバード大学プロジェクトチーム指揮のもと米国の農業を「アグリビジネス」にする巨大プロジェクトが動き出したのである。
 このアグリビジネスの主役を担ったのが遺伝子組み替え作物であった。米モンサント社(2018年に独バイエル社が買収)は、1年しか発芽しない種子を作り、その種子が自社の農薬にのみ耐性を持つよう遺伝子を組み換えることに成功した。その結果、農家はこの種子を買うたび除草剤もセットで買わなければならない。せっかく販売された農薬と除草剤は、はじめはよく効くが、長期間使い続けると、雑草に耐性ができ、さらに農薬量を増やすという悪循環が生じ、農薬に汚染された土壌では遺伝子組み換え作物しか育たないようになる。
 それでも遺伝子組み換え作物はじわじわと拡大を続け、大豆にいたってはアメリカ、アルゼンチン、ブラジルの3カ国だけで世界の遺伝子組み換え大豆の81%を占めるまでになっている。
 1991年に種子開発企業の特許を守る国際条約UPOV条約が改正され、植物の遺伝子及び個体を開発企業の知的財産とし、開発者の許可なしに農家が種子を自家採種することを禁止する法整備の促進が謳われた。これを推進していたのはアメリカをはじめとする世界のバイオ企業であるが、日本でも住友化学をはじめ多くの企業がこの条約改正を歓迎し、積極的に推進していた。
 それに呼応する形で日本は1998年に種苗法を改正し、さらに2018年4月には種子法を廃止し、その翌月には農水省は種苗法を大幅改正し、自家採種禁止の品種を82種から289種に拡大した。このような種子法廃止と自家採種(増殖)禁止のセット導入は80年代以降グローバル企業が各国で採用したビジネスモデルである。これによって結果的に食の多様性が失われ、ひいては食の安全保障が脅かされるリスクを抱えこむ。
 こうしたリスクに気づいたいくつかの自治体では、県独自の種子法を条例として導入し始めた。新潟県、兵庫県、埼玉県などである。また長野県と愛知県は種子法廃止に対する意見書を国に出し、2018年4月に6野党・会派は主要作物種子法復活法案を共同提出し、政府への働きかけを強めている。

4.ミツバチの命が売られる
 日本は耕地面積あたりの農薬使用量では中国、韓国についで第三位で、その使用量はアメリカのおよそ五倍である。農薬のなかでもネオニコチノイド系農薬は、害虫だけに毒になり、私たちには安全、と謳われた「夢の農薬」だ。作っているのは世界三大農薬大手のバイエル社、住友化学、シンジェンタ社である。
 この農薬に対して、1990年代後半から不穏な報告が出されるようになった。ヨーロッパではミツバチの減少や大量死が報告され、アメリカ、カナダ、中国、日本でも「蜂群崩壊症候群」が次々と報告がなされるようになった。EUは2013年12月には「一部ネオニコチノイド系農薬には子供の脳や神経などへの発達性神経毒性がある」との科学的見解のもとで、ネオニコチノイド系農薬を主成分とする全殺虫剤を一部禁止とし、2018年に至って全面禁止とした。農薬大国の韓国、中国でもすでにネオニコチノイド系農薬の規制強化や使用禁止措置がとられているのに、アメリカとならんで日本では逆に2013年にはネオニコチノイド系農薬クロチアニジンの残留農薬基準値を引き上げ、さらに2015年5月にもネオニコチノイド系農薬クロアチアジンとアセタミプリドの残留農薬基準を大幅に緩和し、ネオニコチノイド系農薬のなでも特にミツバチに対する毒性が強いとしてアメリカでも一時認可停止となったスホルキサフロルに使用許可を出している。その結果日本でのネオニコチノイド系農薬の売り上げはどんどん伸びていっているのである。
 こうした状況でも政府は農家のためには農薬は必要だと言い続けている。ミツバチがいなくなれば農業そのものが不可能になるというのに。
 また、2015年3月、国際がん研究機関は、世界で広く使われている除草剤グリホサートに発がん性の恐れがある、と発表した。グリホサートは米モンサント社が開発し、特許を得て「ラウンドアップ」という商品名で売り出した世界最大の売り上げを誇る化学除草剤だ。日本では、モンサント社と提携した住友化学が販売しており、2000年に特許が切れたあとは、そのジェネリック版が「草退治」など複数の商品名で売られている。
 アメリカでも、グリホサートの使用により、耐性を持つ雑草が増え、さらにグリホサートの使用量は増大し、2000年には過去5年間でグリホサートの使用量は5倍に増大していた。その結果として、遺伝子組み換え大豆に残留するグリホサート等農薬は5倍に増大している可能性が高い。日本政府は、この発表が出たタイミングでアメリカ産輸入大豆のグリホサート残留農薬基準を5倍に引き上げたのである。
 グリホサートが人体に及ぼす影響について、各方面から疑問の声が出始め、グリホサートの使用を制限したり、禁止したりする国も現れたが、現在に至ってもアメリカ、EU、日本ではその使用が認められている。さらにグリホサートに耐性をもつ雑草を処理するためにモンサント社がベトナム戦争の時に生産していた枯葉剤の主成分である「2,4-D」が日本政府によって承認され、ベトナム戦争のトラウマから二の足を踏むアメリカに助け船を出した形になったのである。

5.食の選択肢が売られる
 消費者は食べものに関する情報を知る権利があるが、遺伝子組み換え表示に関してはアメリカではモンサント社が莫大な政治献金によって政府要職の人々と深い関係を築き上げでいるので、遺伝子組み換え表示がはじめから存在しない。だが、市民レベルでは表示を求める運動が20以上の州で起こり、遺伝子組み換え食品に対する警戒感は強まっている。アメリカ以外のヨーロッパや南米、アジアでも遺伝子組み換え食品を敬遠する消費者の数は増大し、遺伝子組み換えではない食品の売り上げが伸びている。
 そうした現状のなかで、日本は世界一の遺伝子組み換え食品の輸入大国だが、表示に関する法律は、どれもほとんどがザル法だ。食政策センタービジョン21の安田節子
代表によると、日本のスーパーで売られている食品の60%に遺伝子組み換え原料が使われているいる事実をほとんどの日本の消費者は知らない。
 企業には、自社の商品に遺伝子組み換えでない旨を表示しているところもあるが、今までは混入率5%未満であれば、遺伝子組み換えでないと表示できたのであるが、2018年3月に消費者庁は今後は混入率が0%の場合しか表示できないように厳しくすることにした。しかし、これはトリックである。日本に大豆やトウモロコシを輸入する際、どんなに頑張っても0.3%~1%の混入は避けることができない。とすれば、企業は遺伝子組み換えでないという表示を諦めざるを得ない。結果的に遺伝子組み換えに関する消費者の選択肢を消費者から奪うことになるのである。
 こうした遺伝子組み換えに対する消費者の懸念に対して、バイオ企業側は新たな手を打ち始めた。ゲノム編集大豆の登場である。一つの作物に別の作物の遺伝子を組み込む遺伝子組み換えと違い、ゲノム編集は遺伝子そのものに手を加える。遺伝子をデザインするという新しいこの手法は、人体や環境への影響も全く未知数である。EUはじめ欧米の消費者団体は、ゲノム編集作物を遺伝子組み換えと同様規制すべきだと声をあげているが、アメリカ農務相はあっさりその栽培を許可し、日本政府もとくに規制をしないようだ。しかし、食の主権を奪われないためには、成分表示などの情報公開は不可欠であろう。

6.牛乳が売られる
 2018年7月17日、日欧EPAの締結により今後ヨーロッパの美味しいチーズが値下げにより手に入れやすくなるだろうとテレビのワイドショーでも話題になった。しかし、この問題の第一人者である東京大学大学院農学生命科学研究所の鈴木宣弘教授は、この条約によって国内の乳製品の生産高は最大203億円減少し、関税なしで安い乳製品が大量に入ってくると、国産牛乳は消えるだろう、と警鐘を鳴らす。
 これまで酪農家を守ってきた農協が農家から生乳を全量買い取る指定団体制度はすでに2017年6月に廃止され、農協を通さずメーカーに直接売る農家にも補助金が出されるようになったが、農協という窓口をはずされた零細農家はこれにより逆に非常に弱い立場に立たされることになった。それに追い討ちをかけたのが、日欧EPAである。
 さらに、近年問題となっているのが、人工的に乳量を三割増やす遺伝子組み換え成長ホルモン「γBGH」を投与したミルクだ。アメリカでも発がん性の疑いがある、
として反対側運動が起きたが、FDA(米国食品医薬局)は、安全だとのお墨付きを与えている。しかし、EUはアメリカを信用せず、1993年以降輸入禁止措置をとっている。
 γBGHは日本でも輸入禁止となっているが、鈴木宣弘教授によるとγBGHが残留する乳製品はすでに日本に入ってきている、という。国内での残留基準が存在しないため、チェックがされていないのだ。

7.農地が売られる
 2016年4月、農地法が改正され、これまで農地の売買はそこで農業をする農業者に限られていたが、この改正により農地は一般企業でも購入、所有が可能となった。
 現在、世界の三大アグリビジネス企業は、米ダウ・ケミカル&デュポン、独バイエル、そして中国の中国化工集団だ。これらの企業は各国の農地獲得を虎視眈々と狙っている。とくに中国企業は政府による強い後押しを受け急速に農地買収を増大させている。オーストラリアではすでに外国資本による農地取得の4分の1を中国企業が占め、中国人の中国人による中国人のためアグリビジネスがオーストラリアの食糧供給を脅かす事態となり、政府は慌てて規制強化に動き出している。
 2016年に日本で外国人に買われた土地面積は202ヘクタール、ほとんどが北海道の山林だが、購入者の8割が中国系企業だ。中国の投資家に日本の不動産の人気が高いのは、土地取得におまけがついてくるからだ。法人を設立して、スタッフを二人おけば管理者ビザが下り、10年経てば永住権が取得できるのだ。

8.森が売られる。
 2018年5月に成立した森林経営管理法は、自治体が、森林を所有する住民の経営状況をチェックして、「きちんと管理する気がない」とみなされると、企業に委託して伐採できるというものだ。
 日本は国土の三分の二が森林で、森林は国土の保全、温暖化防止など私たちの暮らしにも大きな恩恵をもたらしてくれている。しかし政府はこれまで自然林を人工林に変え、おまけに木材輸入を自由化したため、輸入木材に押され国内の林業は大きな打撃を受けた。2000年末はじめには木材の国内自給率は20%を切るという危機的なところまできた。
 しかし、ここに来て、60年代、70年代に植林した木々が成長し、木材として伐採期を迎えたのだ。この木材に目をつけたのが、オリックスなどの企業だ。とくにバイオマス発電のための木材チップは、こらから必ずドル安箱となる。伐採費用も政府による森林環境税が補助金として投入されるので企業のコストは大幅に軽減される。
 こうした企業による森林伐採は、大きな問題点が指摘されている。機械を使った広範囲な森林伐採により、豪雨による山崩れなどの災害が深刻化している。山が本来持つ自然災害から民を守るという機能がどんどん失われ、災害に弱い町が全国各地に作られているのだ。「今だけ、金だけ、自分だけ」の浅はかな政策によって100年かけて土と水と空気を育ててくれる「森林」という貴重な資産が、いま危機にさらされているのだ。

9.海が売られる。
 日本の漁業の衰退は、漁船の老朽化と漁業従事者の高齢化だ。これを解決するためには、水産業へ民間企業を参入させ、成長産業にするしかないとして政府は「水産特区」をまず参考にすべきだとしている。
 この「水産特区」の具体的事例としては宮城県の村井知事が進める「集約、大規模化、株式会社化のワンセットで水産業を根本から変える」という構想で東日本大震災後の2013年に始められたものがある。地元の漁業関係者と漁協が猛反対したが、「東北復興ビジネス」として周囲の反対を押し切り、現場の中小漁業者や漁協を排除して、漁業ビジネスに詳しい経営コンサルタントを中心に事業化が進められてきた。その中心的役割を担っているのが野村総合研究所だ。
 そらから5年後の2018年3月に、宮城県が出した「特区に関する報告書」は、知事の掲げた「企業参入で活性化」からはほど遠い内容だった。特区に参入した企業は「桃浦かき生産合同会社」一社のみで、この会社のかき生産高は目標の6~7割しか達成されておらず、合同会社の社員となった漁業者の収入は、社外の漁業者に比べ大幅に低くなっている。会社の財務状況も思わしくない。しかし、県は、まだまだこれからだ、と地元漁業関係者の意向を無視して引き続き特区推進に意欲的だ。
 日本の漁協は、県知事の指揮下で沿岸の海を守るため、独自のルールを設けて小規模漁業者や漁村、多様な日本の水産資源を管理してきた。鹿児島大学水産学部の佐野雅昭教授によると、各県の漁協が自分たちの海を守るルールを地域ごとに作り、厳しく管理する日本のこの制度は、世界からも注目されているという。
 しかし、EUでは大型漁船のアクセスを自由化したため、ノルウェー、オランダ、フランス、ベルギーなどから大型漁船が次々とやってきて地元漁師の大半が潰されてしまったイギリスの失敗例は有名だ。今後、96%が零細家族漁業からなる日本の漁業と豊かな海をどうやって守るのか。
 2019年に発効予定のTPP11では、日本が自国漁民に沿岸の優先的権利を付与することは許されないことになっている。日本政府は自国の漁業を守らなかったのである。その結果、TPP11が発効すると、漁業権は入札制となり、外国企業も参加するオークションにかけられることになる。魚が重要な食資源である島国日本で、地元漁師たちがやっていけなかったら、どうなるか。すべてを輸入物に頼るなどしたら、それこそ食の安全保障は大きく損なわれる。日本の海面漁業漁獲量はアメリカやロシアにもひけをとらない規模だという。これから世界中で食糧が不足していくなか、国が守らなければならないのは、漁業の国際競争力云々の前に、自国漁業者と魚の自給率であろう。

10.築地が売られる
 2018年6月15日、「卸売市場法改正」が成立、公設市場の民営化が進められることになった。大正7年の米騒動で、市場原理に任せて米価格の暴騰を招き失敗した政府が、巨大資本による買い占めを許してはならないとして、約80年前に作ったこの公設卸売市場というシステムが私たち日本人の食の安全と安定供給を支えてきた。
 卸売市場の目的は、力のある企業が勝ち抜いていくためではなく、あくまで国民のための食の安全と品質、それを生み出す全国の生産者を守るという「公益」である。株主の利益拡大という180度対極にある使命を持つ民間企業が、果たしてこの役割を担うことができるのだろうか。
 卸売市場は、質の良いものを作る「生産者」を育て、良いものを高く買うことで生産者を守る「卸業者」を育て、品質を見極め、適性価格をつける目を持つ「仲卸業者」を育てる。食品流通の権威である秋谷重男埼玉大学名誉教授が「近代の傑作」と呼ぶこの優れたシステムは、巨大資本が市場を独占しつつある現在では、極めて希少な存在となっている。
 このシステムのお陰で、日本では大手スーパー5社が流通に占める割合をわずか3割に抑え、品質と安全だけでなく、食の多様性を維持してきたのである。
 しかし、TPP協定では卸売市場のような公共施設インフラは、企業のビジネスの阻害要因となるので、規制の対象になる。もし仲卸業者がなくなってしまえば、生産規模や交渉力の差で弱者は切り落とされ、結果的に生産物全体の種類が減り、多種多様な質の良い食品が供給される機会も限られてくるだろう。また、価格交渉力で不利な立場に立つ小規模小売業者も次第に立ちゆかなくなる可能性が高く、商店街のシャッター通り化もますます進むことになる。
 また今まで食の安全についての指導や検査、監督権限を民間企業に丸投げすることで、食の安全を守るという公的な役割も保証されなくなる可能性がある。
 くわえて、「違いのわかる仲卸業者の審美眼」を信じてきた、寿司店をはじめとする高級飲食店からは、築地ブランドが消えた後、一体どこで高品質の食材を仕入れればいいのか、という不安の声がある。
 築地市場解体のあとにやってくるのは、まさに企業利益を最大化するための「物流センター」なのだ。


第二章 日本人の未来が売られる

1.労働者が売られる
 2018年5月31日、衆議院本会議で「働き方改革法案」が可決された。(筆者注:同年6月29日 参議院で可決・成立。2018年4月1日より施行)
 2018年7月6日に厚労省が発表した2017年の過労死の労災申請件数は前年より161件増の2572件で過去最多となっている。
 このような状況のなかで、この働き方改革関連法では、高度プロフェッショナル制度(高プロ)が導入されることになった。この制度の適用となれば、会社は4週間で4日休ませれば、残り24日間は24時間働かせても1日あたりの労働時間の制限はないから合法となる。しかも、長時間労働が原因で死んでも過労死とはみなされず、統計上の過労死は減ることになる。
 高プロの対象は、1075万円以上の専門分野とされているので、自分は関係ないと思っている人も多いが、実は法律には1075万円などどこにも書かれていない。基準平均給与の三倍+αが目安とされているが、実際には厚労省が自由に決められるのだ。
 この法律の導入の狙いは、生産性の低い人に残業代という補助金を出す今の制度はおかしいと竹中平蔵氏が言うように、時間でなく、成果で評価するという観点を労働現場に導入することである。しかしそのニーズはどこから出たものかというと、首相自ら「労働者のニーズではなく、経済界から制度創設の意見があったので作りました」と述べている通り、「働き方改革法案」はまさに企業な都合を優先させた「働かせ改革法案」だったのである。
 高プロの対象職種もこれから決めるという。野党や多くの市民団体の反対を押し切って成立させたこの法律に、過労死遺族の会の方々は「過労死は絶対に出る。わしたちにはわかる」と悔しさを訴えていた。
 そして、働き方改革法成立のタイミングで、「外国人労働者(移民)」50万人計画」を打ち出しのだ。これによって、労働者を長時間・低賃金で働かせる企業にとってまさに有難い環境が整うことになる。

2.日本人の仕事が売られる
 2015年7月8日、「改正国家戦略特区法」が成立。手始めに特区内で、外国人労働者の家事代行サービス(メイドサービス)が解禁される。とりあえず、神奈川、大阪、東京の三地域からスタートし、うまくいけば全国に広げていく。これを強く政府に求めたのは人材派遣最大手パソナグループの代表取締役会長の竹中平蔵氏だった。そして、パソナグループの子会社はしっかりこの外国人の家事代行サービスの斡旋事業の参入事業者に選定されていたのである。
 介護ビジネスも、アグリビジネスと同様に、今世界的な、優良投資商品として急成長している。そして、投資家たちが、その投資先としてもっとも需要視するのは人件費だそうだ。介護の現場はいまでさえ、重労働・低賃金の代表職種の一つであるが、
政府はさらにそこに外国人技能実習生をつぎ込もうというのである。人件費を下げるとこまで下げて、参入してくる外資や投資家にとって「世界一ビジネスのしやすい環境」が着々と作られているのだ。
 そして2018年6月15日「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で、2025年までに50万人の外国人労働者を受け入れる方針を発表した。日本にいる外国人労働者の数は過去5年で2倍に増え、2018年3月現在128万人、全労働者の2%を占めるまでになっている。そのうち、専門分野技術を持つ者は約2割に対し、残り約8割は製造業やサービス業で働く単純労働者で留学生と技能実習生からなる。
 今後、国家戦略特区を活用して、農業や漁業、旅館業、介護、建設の分野でも、急速に「移民」労働者が増大していくだろう。政府は、移民政策はとらないとし、あくまで人手不足を一時的に補うものとしてとらえているが、外国人労働者はモノではないので、目先だけを考えて使い捨てに走るならば、国家は大きなリスクを抱えこむ可能性もある。災害大国日本で、土木や建設の現場が大きく外国人労働者に依存し、いざという時に彼らが日本を棄てて、逃げ出す事態も十分あり得るのだ。
 移民は、今や国境を越えて売り買いされる労働力商品だが、副作用を含めて長いスパンで考え、「真の共存とはなにか」を考えつつ、外国人労働者のしっかりとした受け入れ体制を整えていくことが、今世界中で求められている、といえよう。

3.ブラック企業対策が売られる
 2018年7月1日、政府は労働基準監督署の一部民営化を開始した。労働基準監督署は、公的機関として、労働者の労働環境をチェックし、劣悪な労働条件の疑いのある企業には強制捜査権を行使して監督・指導することができる。この労働者の命綱ともいうべき労働基準監督署の監督官の数はわすがに3241人で、事業団のチェックを行うのはその約半数以上の約1500人に過ぎず、その1500人で全国400万軒の事業所をチェックしなければならない。
 そこで、政府はこのチェックの業務を民間に委託することにしたのだ。この委託された業務を実際に担うのは、その大半が社会保険労務士になるだろうとみられている。この社会保険労務士は、本来的には企業の「顧問」として、労働者を効率的に働かせたり、労働者の雇用に関する会社側のリスクを最小にすることを業務としている。こうした社会保険労務士が果たして、親身となって労働環境のチェックを行うことができるであろうか。労働基準監督署に労働者の訴えがきちんと伝えられなくる可能性すらある。
 そもそも、ILO条約の「国際労働基準勧告」にも「労働基準監督署は国の直営でなければならない」と明記されているのにもかかわらず、労働基準監督署の機能を民営化するという手法そのものが国際法違反でもあるのだ。

4.ギャンブルが売られる
 2018年7月20日、いわゆるカジノ法が成立した。このカジノ法は、国内外から投資を呼び込み、多くの外国人客の利用で日本の財政を改善させ、国民生活を向上させる、と説明してきたが、誘致する側の自治体によると実は客の大半は日本人になると予測されている。カジノ誘致で、外貨が流れ込むのではなく、むしろ日本人の金がカジノに投資する外国投資家たちに流れていく可能性すらある。
 加えて、ギャンブル依存症の問題もある。日本はすでに320万人の依存症患者を抱えるギャンブル大国である。カジノ設立後に依存症人口が増大し、自殺の増加や治安悪化につながった韓国でも、依存症対策が大きな問題となっている。国内のギャンブル依存症人口が増えれば、生活保護や医療費などの社会保障費がかさみ、そのしわ寄せは普通に働いているギャンブルをしない人々の肩にのしかかってくるのだ。
 カジノ設立でほくそ笑むのは、運営業務を引き受ける外資系エンターテインメント業界やウォール街の投資家たちだ。大阪は、万博とカジノ誘致をからめてカジノ設立のための用地埋め立てや交通網の整備を万博用の公費770億円で肩代わりさせる狙いだとみられている。
 そしてカジノ設立によって大阪がマネーロンダリングの温床になる可能性もある。中国人にとってマカオ、シンガポールがそうした役割を演じてきたが、習近平による汚職撲滅キャンペーン以降中国人客が激減していて、超富裕層のVIP客はその裏金対策として新たな安全場所を探しており、大阪が格好の場所となるともみられる。

5.学校が売られる
 2016年6月28日、大阪市教育委員会は2019年4月に、民間学校法人である大阪YMCAに公立学校の運営を委託する「公設民営学校」を南港ポートタウンに開設することを決定した。大阪府の中学校の非正規雇用率は41.3%だが、国家戦略特区に設置される公設民営学校で働く教育職員と事務員は、全員そろって100%非正規雇用となる。公務員でもないので、憲法96条の「憲法尊重擁護義務」も適用されない。
 アメリカの要望にすべて答えるべく構想された安倍政権の「国家戦略特区」のメンバーの一人である竹中平蔵氏は、「これまで公的に運営されてきた公共インフラで、利用料金がかかるものは、もう全て民営化してしまいましょう」と述べ、水道、地下鉄、学校などがそのリストに挙げられた。
 学校の民営化の本家本元は、アメリカだ。レーガン政権のもとでチャータースクールと呼ばれる公設民営学校を政府が推進し、選択肢を広げる、グローバルな人材を育てるという美辞麗句のもとでマスコミも宣伝し、あっと言う間に全米に広がった。
 だが、成績が良くないと公金が下りなくなるため、運営側の企業は、教育職員に厳しいノルマを課し、またテストの成績に関係ない音楽や絵画、体育や課外授業を廃止する学校も増えていった。テストに関して特別な支援を必要とする障害児が入学を拒否される事例もあとをたたず、地元の子供ならば誰でも入れる公立学校という存在はいまや過去のものになりつつある。
 教育職員はすべて非正規のため、担当する生徒の成績を上げなければ、運営側の企業によってすぐに減給や解雇となる。これまでに廃校となった公立学校は4000以上、約30万人の教員が職を失った。そして、人件費をさげて教員を減らせば、そのしわ寄せは子供たちにいくのだ。
 2016年7月、国連人権委員会は、「教員の民営化がもたらす弊害から子供たちを守るべき」とする決議をし、公教育の民営化され、本来の目的を失い、ビジネスとされてゆく現状に警鐘を鳴らした。安倍政権が「国家戦略特区」というドリルで次々に穴を開けている、教員、農業、労働、医療という分野が、全てをマネーゲームの道具にしたアメリカからの要望だからこそ、私だけは慎重に、今のリアルなアメリカの現実を直視すべきであろう。

6.医療が売られる
 日本には世界中が羨む「国民皆保険制度」(国保)がある。しかし、今やこの国民皆保険制度が外国人に食い物にされている。2012年、民主党政権はそれまで1年だった国保の加入条件をたった3カ月に変えてしまった。これを利用して、多数の中国人が高額医療を受診するために日本人にやってきているのだ。
 そして、今後ますます外国人労働者の流入が増大することが予想されるが、その時、医療費のただ乗りに加え、大量に失職する低賃金の外国人労働者とその家族を、日本の生活保護と国民皆保険制度が支えなければならくなる現実を政府は果たしてどこまでシミュレーションしているのだろうか。
 外国人労働者(移民)は、四半期利益のために使い捨てればいい商品ではない。名前があり、家族があり、子供を育て、将来の夢を描き、病気にもなり、社会の中で老いてゆく、私たちと同じように100年単位で受け止めなければならない存在だ。だからこそ、彼らをモノとしてではなく人間としてどう受け入れていくのかを、慎重に議論し、シミュレーションし、環境を整備していくのが先だろう。そうでなければ、自国民と移民が憎み合い、暴力がエスカレートし、社会の基盤が崩れかけている欧州の二の舞になってしまうだろう。
 そもそも日本の毎年の医療費は高水準を続けている。しかし、その最大の理由は、アメリカから毎年法外な値で売りつけられている医療機器と新薬の請求書が、日本人の税金で支払われているからだ。
 1980年代に中曽根首相がレーガン大統領と交わした「MOSS協議」により、医療機器と医薬品の承認をアメリカに事前相談しなければならなくなった。医療機器と医薬品の日本の技術の高さは定評があり、日本から外国に多く輸出されていたが、90年代には輸出と輸入が逆転、以来日本はアメリカ製の医療機器と新薬を他国の3~4倍の値段で買わされているのだ。
 買い上げ費用は国民皆保険でカバーされるため、国民は薬や機器の仕入れ値がそんなに高いとは夢にも思っていない。高レベルが医療費増大の犯人のように言われてカタミノせまいでしょう思いをする一方で、政府は消費税増税分を社会保障に使うという約束を破り続け、患者の窓口負担だけがぐんぐん上がっていく。日本の人口は世界のわずか1%強なのに、世界の4割の薬を輸入している薬漬け大国で、アメリカの医産複合体にとってこれ以上の優良顧客はないといっていい。
 TPP交渉でアメリカが最も力を入れていたのは、薬価の値上げと新薬の特許期間の延長だった。しかしトランプによってTPPから離脱したアメリカの医産複合体が日本に突きつけてきている要求は、新薬の値段を毎年引き下げていという日本独特のルールがあり、一定の条件を満たした外国の製薬会社にのみその差額分を一定の期間、政府が負担して薬価を維持するという特例が儲けられているのであるが、それを全ての新薬を対象とし、一定の期間ではなくずっと差額分を出せというものだ。これはトランプ政権との交渉テーマとなるが、アメリカのゴリ押しにまた安倍政権はなすすべもなく白旗を上げるのだろうか。
 アメリカがTPPから離脱したあと各国ともアメリカが強く押していたバイオ医薬品のデータ保護期間延長、形状や使用法を変えて繰り返し新薬登録できる特許法、新薬の販売承認に必要なデータを製薬会社に5年間独占させる、などまさに「今だけカネだけ自分だけ」の王道といえるような要求をTPPから削除して欲しいと求めてきたが、日本は交渉能力不足を発揮し、それらの要求項目を約四分の一にまで削減し、アメリカの抜きのTPP11をまとめたのである。
 しかし、中国、インドのなどアジアを中心とした国々と日本が現在交渉中のRCEP(東アジア地域包括経済連携)でも、TPPと全く同じ医薬品データの独占でジェネリック薬の販売を阻み新薬の価格を高騰させる、知的財産に関する複数の条文が、交渉テーブルに乗っている。国境なき医師団や各国の医療費従事者が反対しているなか、グローバル製薬会社の忠実な腹心のごとく医薬品価格を跳ね上げるルール化を率先して仕掛けたているのは、他でもない日本政府なのである。薬価が跳ね上がれば、日本海国民皆保険制度は形骸化し、貧困大国アメリカお同じように「命の沙汰も金次第」の社会がやってくる。

7.老後が売られる
 現在、日本で老後に受けられる公的サービスは二種類ある。最長三カ月でリハビリと医療ケアを受けられる「介護老人保健施設」と中度から重度の介護を必要とする高齢者が介護と生活支援を終身受けられる「特例養護老人ホーム」(特養)だ。
 このうち特養は、2016年現在で、待機高齢者が36万人にのぼる。2015年に入居条件を要介護1から3に引き上げたが、それでもこの数字だ。入居が進まない要因の一つ一つとして人手不足があげられる。2017年度の調査でも64.3%の施設で人手が足らず、26%の施設で人手が足らないため、平均11床のベッドが空いているにもかかわらず新規入居者を断っていた。
 介護スタッフ不足の大きな原因は、労働条件の劣悪さにある。「安い、汚い、きつい」では人が集まるはずがない。にもかかわらず、政府は介護施設に支払う介護報酬を減らし続けているのである。
 一方で、介護サービスを求める高齢者は増大するばかりだ。ここに目をつけたのが、民間企業だ。アメリカでも、介護サービスビジネスはウォール街でも五つ星の商品だ。日本でもアメリカに続けとばかりに、民間企業が介護サービス事業に参入してきた。政府は、人手不足解消と人件費抑制を狙って、またぞろ2017年12月に外国人労働者を介護現場に導入する方針を打ち出し、介護福祉士の資格をとれば外国人技能実習生にも在留資格を与えることを決めた。しかし、技能実習生の中から介護職を希望する者はほとんどおらず、外国人介護士のなり手は思うように増えていない。それでも、政府は2020年までにベトナムから介護士一万人導入を目標に、資格取得に必要な日本語能力の基準の緩和などを進めている。
 また、その一方で、政府は「混合介護」を推進しようとしている。この混合介護とは、利用者が1~2割を負担する介護保険で使えるサービスと全額利用者が負担するサービスを組み合わせる介護のことを言う。これは、かつての医療現場での混合診療と同じ問題をはらむ。つまり、所得格差が介護格差に直結するということだ。事業者にとっては全額利用者負担のサービスを使ってくれる利用者は有難い存在であり、事業者はそうした利用者を積極的に受け入れ、反対にあまりうまみのない利用者の受け入れは消極的にならざるを得ない。特に過疎地域での介護施設は、人手不足と財政難のためにこれからどんどん消えていく可能性が高い。日本の先に見えるのは貧困大国アメリカの姿である。

8.個人情報が売られる
 できてから2年以上経つのに、いまだに全国民の1割しか利用していないマイナンバーをなんとか広げようと政府は、あれこれ考えたあげく、2017年11月2日、マイナンバーを無料アプリLINEとドッキングさせて、マイナンバーカードをスマホにかざすだけで行政サービスを利用できるようすると発表した。
 しかし、2018年3月に発覚した年金データ500万人分の中国企業への流出にみられるように日本の個人情報やプライバシーに関する危機意識はきわめて薄い。公的機関ばかりでなく、証券会社やベネッセなど民間企業でも大量の顧客名簿情報が流出している。それに対して毎回軽い対応しかとられていない。2018年5月17日に米国セキュリティ企業のファイア・アイ社は、中国の闇サイトで日本人の個人情報2億人分が売買されているという調査結果を発表している。これだけ危機意識の低い政府にマイナンバーとLINEを紐づけさせることのリスクは見えているだろうか。
 日本では人気の高いアプリだが、韓国では2014年、朴槿恵大統領が、ネット掲示板での描き込みに対して名誉毀損だと発言し、政府は書き込みをした主婦を逮捕し、すぐ検察によるリアルタイムの強力な監視体制が始まった。政府のこのやり方に危機感を抱いた韓国人ユーザーは次々とLINE
とカカオトークなどの無料コミュニケーションアプリから逃げ出し、167万人がチャットが監視されない他国のアプリに乗り換え「サイバー亡命」が流行語になった。
 CIAの元職員エドワード・スノーデン氏の内部告発で当局の監視体制が全世界に知れ渡った監視大国アメリカでは、個人情報を守るのは自己責任だ。セキュリティ意識の高いアメリカ人口に人気のあるアプリは、チャット内容が暗号化されるスカイプだ。グーグルに関して、Gメールや位置情報が筒抜けになっていて、グーグルはその情報価値によって莫大な利益を上げている。アメリカではこうしたIT大手企業のあまりに露骨なやりかたに批判の声が上がり、政府もその対応に乗り出し始めた。
 世界は今、個人情報という商品を政府と企業が奪い合う、情報戦争の真っ只中にある。私たちは、自分の身は自分で守りながら、政府が個人情報を不用意に多国籍企業へ売り渡さないよう監視していかなければならない。


第三章「売られたものは取り返せ」

 政府が企業に対して暴走が止まらない時、国民にできることなどあるのだろ五つ星運動は、SNSうか?著書は、イエスだ、として世界各地で動き出している新しい行動の流れを6つ挙げている。以下、簡単に紹介しておこう。

1.お笑い芸人の草の根政治革命─イタリア
 2009年に、69歳の元コメディアン、ベッペ・グリッロ氏とジャンロベルト・カザレッチョ氏が二人で始めた政治運動「五つ星運動」は、それからわずか8年で政権をとってしまったのである。若者の絶大な支持を集める五つ星運動は、SNSやネットを有効に使い、市民参加型民主主義を目指す21世紀のデジタル政党だ。
 五つ星運動が目指すのは直接民主主義へ向けた憲法の改正だ。これからもその動向が注目される。

2.92歳の首相が消費税廃止─マレーシア
 2018年6月1日、マレーシアのマハティール首相は公約通り消費税を廃止した。日本では、2019年には消費税が10%に引き上げられる可能性が高いが、消費税は「社会保障に全額使う」との約束は破られ続けたままだ。実は、引き上げられてきた消費税増税分と法人税の減税分が相殺されてほとんど残っていない。このまま消費税増税が続けば、低所得者の切り捨てにつながりかねない。
 マハティール首相は、かつて1997年のアジア通貨危機の時に首相の座にあったが、彼がとった対応は、通貨危機の原因がヘッジファンドによる行き過ぎたマネーゲームにあると見抜き、資本が国内から逃げ出さないように、短期資本取引を規制し、国の未来につながる国内投資を受け入れ、内需拡大による国の立て直してを図ったのである。その対応に欧米のエコノミストたちは批判を続けたが、結果的にはIMFのもとで構造改革を迫られた韓国、タイ、インドネシアでは緊縮財政と高金利による不況で失業率が上がり、貧富の差が拡大政情不安が引き起こされたのに対して、マレーシアではアジア通貨から三年後には経済は驚異的な回復を示したのである。
 その時の記憶と消費税廃止の公約が老政治家マハティール氏を庶民たちはまた政治の表舞台に呼び戻したのである。

3.有機農業大国となり、ハゲタカたちから国を守る─ロシア
 ロシアでは、今プーチン大統領の掛け声のもと、農業自給率100%をめざす政策が進められている。そして、ロシアが目指すのは超近代的なハイテクを活用した「有機農業」だ。今、ロシアのオーガニック野菜や乳製品はアメリカ製の遺伝子組み換え作物を嫌うヨーロッパを中心に頭角を現してきている。
 さらに、ロシアは、種子はその大半をグローバル種子企業に頼っているが、今後ロシアは遺伝子組み換えに頼らない独自の、他品種との交配を繰り返すことによるハイブリッド種子の開発をめざそうとしている。こうしたロシアの取り組みにも注目したい。

4.巨大水企業のふるさとで水道公営化を叫ぶ─フランス
 2009年グローバル水企業ヴェオリア社とスエズ社の本拠地、水道民営化のパイオニアと呼ばれるフランス・パリで、ついに25年間続いた水道事業の民間委託に終止符が打たれた時、世界中の自治体では大きな衝撃が走った。
 パリの水道事業はいわゆるコンセッション方式と呼ばれるもので、自治体が水道の所有権を保持したまま、運営を全て民間委託するものだが、市民は運営を握るヴェオリア社とスエズ社からなんの情報も与えられず、値上がりする一方の水道料金に不満をつのらせていたのだ。その結果、水道再公営化を掲げる市長が誕生、市は25年前に売却した水道事業の株式を買い戻し、市が100%出資する「パリの水公社」を設立、2010年からパリの水道事業を公営に戻すことにしたのである。その結果、パリの水公社は、約45億円のコスト削減を達成することができたのである。
 パリの水公社の水道公営化を成功例として、その後に続く自治体が今も増え続けている。また、イギリスのウェールズでは地元を愛する投資家が、非営利の責任有限会社の水道事業「グラス・カムリ」を設立し経営適応にも成功を収めている。同社の成功例は、水道という公共インフラを非効率で財政難の行政に任せるか、効率的はいいが、利益重視の民間に任せるかという、二極化した噛み合わない議論に終止符を打った。効率化とサービスの向上は、民営化せずとも十分実現可能なのだ。

5.考える消費者と協同組合の最強ダッグ─スイス
 2017年9月24日、スイス国民は、憲法を改正し、「食の安全保障」を憲法に盛り込んだのである。スイスでは、政府が国内農業を手厚く保護し、また国民は割高な国内農産物を買うことで国内農業を支えてきた。こうしたスイスの姿勢に対して、西側諸国のマスコミは繰り返し批判し、自由化を迫ってきた。
 それに対して自由貿易による自国産業の弱体化を警戒した農家が立ち上がり、国民に呼びかけて農家主導による国民投票が実施されることとなったのだ。その結果国民は地産地消を通した食育と食の安全保障を選択したのである。その地産地消を支えてきたのはスイスに根付いている協同組合だ。スイスの国内流通の7割をコープスイスとミグロという二大生協が占めている。食の安全は、国民の協同組合に対する信頼によって支えられてもきたといえる。
 隣国韓国でも、文在寅大統領の誕生とともに憲法に「農業の公共価値」を盛り込もうとする動きが起きている。

6.もう止められない!子供を農薬から守る母親たち─アメリカ
 アメリカでは、母親たちが遺伝子組み換え食品に対して反対の声を上げた。現在、アメリカの食物アレルギー人口は1500万人、そのうち600万人が18歳以下だという。この傾向はヨーロッパや日本でも同様で、日本では2005年には3人に1人だったアレルギー人口が2011年には2人に1人となっている。
 アメリカで遺伝子組み換え食品を拒否する運動を続けている「マムズ・アクロス・アメリカ」のゼン・ハニーカット代表は、自分の息子の体内から農薬グリホサートの成分が検出されたことがきっかけで、遺伝子組み換え食品に対する不信感・危機感を
抱くようになった。アメリカでは遺伝子組み換え食品の表示義務がない。消費者はどの食品が遺伝子組み換え食品なのかわからないまま農薬とセットで知らないうちにそれらを食べさせられているのだ。
 全米の母親たちが声を上げ始めた。しかし、食品業界から母親たちは厳しいバッシングを浴びせられる。こうした中で、2018年8月10日、世界中のバイオ企業を震撼させる判決が出た。学校の校庭整備をしていたドウェイン・ジョンソン氏が、モンサント社を相手取り、同社のグリホサート系除草剤で癌を発症したと提訴していた裁判で勝訴したのだ。モンサント社は、上訴する意向を固めたが、この裁判がネット上で拡散するにつれてグリホサートに関する訴訟はどんどん増え、判決が出る直前には8000件に膨れ上がっていた。
 この裁判で原告のジョンソン氏をサポートした故ケネディ大統領の甥である環境弁護士のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、「この判決はジョンソン氏のためだけじゃない。利益のために公益を守るという使命を忘れた、政治家と公務員と科学者たちに対するジャスティス(正義)だ」と述べている。
   
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