あらすじ

九等文官ヤーコフ・ペトロヴィッチ・ゴリャートキンは、その日朝起きるとまもなく馬車を借り切り、めかし込んで出かけた。途中、上司や同僚とすれ違うが、ゴリャートキン氏の普段と違うその様子に彼らは驚いた表情を見せたが、ゴリャートキン氏は素知らぬ顔して馬車でその場を通り過ぎた。 気を鎮めるために彼は、リテイナヤ街の医師クレスチャン・イワノーヴィッチの所に寄ることにした。医師からは、もっと社交的になり、生活様式を根本から改め、性格を叩き直す必要があると言われる。自分は俗世間の騒々しさが苦手で、そういう付き合いには不向きな人間だと彼は答える。自分は取るに足らない人間だが、策を弄したり、人を傷つけたりはしないから私の手は汚れていない、と言ったが、そのあとでゴリャートキン氏はわっと泣き出してしまった。 私には敵がいる、その凶悪な敵は私を破滅させようとしている、とも言った。彼の言う敵とは職場の上司のアンドレイ・フィリッポヴィッチであり、その甥で八等官に昇進したばかりのウラジミール・セミョーノヴィッチであった。 ゴリャートキン氏は彼の恩人でもある五等文官のオルスーフィイ・イワーノヴィッチの一人娘クラーラ・オルスーフィイェヴナに恋をしていたが、どうやらその娘は恋敵ウラジミール・セミョーノヴィッチと婚約さえしているようだ。しかもその恋敵は彼の伯父のアンドレイ・フィリッポヴィッチと一緒になってゴリャートキン氏をドイツ女性のカロリーナ・イワーノヴナとの醜聞により破滅させよう企んでいるに違いない、そう彼は思いこんでいるらしい。医師は、しっかり薬を飲むように言い聞かせ彼を帰した。
その後、ゴリャートキン氏は、馬車でイズマイロフスキー橋のオルスーフィイ・イワーノヴィッチ邸に向かった。そこではクラーラ・オルスーフィイェヴナの誕生祝いが行われていた。ゴリャートキン氏はオルスーフィイ・イワーノヴィッチ邸に入ろうとするが、入り口で断られてしまう。 屋敷の中ではゴリャートキン氏の上司である六等文官のアンドレイ・フィリッポヴィッチが主賓として招かれ、その甥のウラジミール・セミョーノヴィッチは今夜の主人公の娘に寄り添っていた。ゴリャートキン氏の直属の上司アントン・アントンノーヴィッチも来て祝辞を述べていた。 やがて、楽士が呼ばれ舞踏会が始まった。ゴリャートキン氏は、しかしその様子を屋敷の裏階段の台所口にずっと身を潜めて伺っていたのだが、三時間あまりが経ってとうとう彼は勇気を振り絞ってサロンに顔を出したのである。 気がついて見ると、クラーラ・オルスーフィイェヴナの真ん前に来ていた。もちろん一同は彼の姿に驚くが、彼はとりあえず挨拶して祝いの言葉を述べた。アンドレイ・フィリッポヴィッチがあきれて、恥を知れ、恥を、と言いクラーラ・オルスーフィイェヴナの手を取ってゴリャートキン氏に背を向けてしまった。
そのあとで、なんとかゴリャートキン氏はクラーラ・オルスーフィイェヴナをダンスに誘おうと彼女に近づきその手を取ったが、彼女が悲鳴を上げたので、みんなが一斉に飛びかかって彼女をゴリャートキン氏の手から引き離した。ゴリャートキン氏は、やがて誰かに引っぱられ外套を頭から被せられて家の外に追い出された。
家の外に出た彼は打ちひしがれて、イズマイロフスキー橋の近くのフォンタンカの河岸を無我夢中で走っている時に、自分と瓜二つの男に出会う。それはまさしく自分の分身であった。 分身の出現は仇敵たちによる策謀に違いないとゴリャートキン氏は考えた。案の定その翌日、この分身は役所にも現れ、同姓同名を名乗ってゴリャートキン氏の真ん前に座っていた。初めは仲間のような素振りをみせ、ゴリャートキン氏に近づいて来たので彼を自宅に招き、ついうっかり彼に二人でうまく立ち回って敵の策謀を暴いてやろう提案し、敵の秘密まで喋ってしまったのである。 ところが、次の日役所に出るとその新ゴリャートキン氏は、仕事では彼を出し抜き、瞬く間に同僚の信頼も得て、ゴリャートキン氏を次第に追いつめていくのである。 ゴリャートキン氏は新ゴリャートキン氏を捕まえてその厚顔無恥な態度を責めようとするが、まるであざ笑うかのように彼を愚弄し、ヤーコフ・ペトロヴィッチ、冗談はよしにしましょうよ、二人でうまく立ち回るんでしょうが、と言ってのけたのである。 自分は破滅させられた、あいつらは皆ぐるだ、いずれはっきりさせてやるとゴリャートキン氏は固く心に誓う。だが、ゴリャートキン氏は新ゴリャートキン氏の出現によって確実に追いつめられていく。 職場の同僚のヴァフラメーイェフからも絶交を言い渡される。ゴリャートキン氏もかつてヴァフラメーイェフとともにドイツ女性のカロリーナ・イワーノヴナの館に下宿していて、その頃ゴリャートキン氏はこのドイツ女性に入れ上げていた。しかし、ゴリャートキン氏は、そこを出て召使い付きの家に移り、いつしか高嶺の花であるクラーラ・オルスーフィイェヴナに恋するようになったのである。 それは初めから望みのない横恋慕であった。ゴリャートキン氏は、ヴァフラメーイェフの下宿先から届けられたクラーラ・オルスーフィイェヴナからの手紙を受け取った。それには、望まない結婚を無理矢理父親にさせられようとしているので、どうか私を助け出して欲しい、今晩九時きっかりにオルスーフィイ・イワーノヴィッチの家の窓の下に馬車を用意して待っていてください、と書かれていた。 彼女の誘いが非現実的なのものであることは充分承知していたが、ゴリャートキン氏は結局馬車を借り切り、そこに姿を現したのである。窓が一斉に開けられゴリャートキン氏は、みんなの前に引き出される。そしてクラーラや役所の同僚たちが見守るなか、彼はそこにやって来た医師のクレスチャン・イワノーヴィッチに引き渡され、そのまま精神病棟に収容されてしまうのである。
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