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フョードル・ドストエフスキー『永遠の夫』(新潮文庫)
作品について あらすじ 登場人物

あらすじ

 ヴェリチャーニノフは39歳のれっきとした上流社会の男で、外見的には若々しく見えたが精神的にはかなりの衰弱が始まっていた。若かかりし頃の様々な挫折や恥辱が突然よみがえり彼の精神を圧迫することも多かった。なかでも、9年前にある街で人妻に子供を産ませ、そのまま別れてしまったことは彼の中で心の痛みとなっていた。
 そんな時期に彼は突然、その夫であったトルソーツキイの来訪を受け、彼の妻ナターリヤ・ヴァシリーエヴナが3か月程前に亡くなったことを知らされる。トルソーツキイはひとかどの役人で猟官運動のためにペテルブルグに出て来ていたのだが、ヴェリチャーニノフが彼の宿泊先を尋ねると、なんと9歳になるという娘リーザを紹介される。どうやらその娘は父親から虐待を受けている様だった。ヴェリチャーニノフはトルソーツキイの言動からその娘が自分と彼の妻と間にできた子供に間違いないことを確信する。
 トルソーツキイという男はヴェリチャーニノフからみれば、ただただ夫であるということに終始し、妻の飾り物以上にはなろうとしないいわゆる『永遠の夫』であったが、この9年の間に確かに何かが変わっていた。ヴェリチャーニノフは、このまま娘をトルソーツキイの側に置いておくのは危険だと考え、職探しの間だけでもと言って半ば強引にリーザを知り合いのところに引き取ることにする。しかし、その間にリーザは病に倒れる。ヴェリチャーニノフはトルソーツキイを探し出し、娘が危篤だと伝えるが、結局トルソーツキイは娘の前に現れず、娘はそのまま亡くなってしまう。
 リーザの葬式が済み、1カ月も経たない頃、ヴェリチャーニノフはリーザの墓の近くで偶然トルソーツキイと会う。なんと彼はまもなく結婚するという。彼の結婚相手というのはなんと15歳の娘で、どうやら親は結婚を承諾したようだが、娘の方はまったくその気はないようだった。しかもボーイフレンドもいるらしい。
 トルソーツキイに懇願されて結婚相手の実家をヴェリチャーニノフも一緒に訪ねることにしたのだが、それはかえって逆効果で、トルソーツキイは慌てて、あなたにはすぐにでも私とここから帰ってもらわなくてはと言い出す始末だった。その後、娘のボーイフレンドは、トルソーツキイをヴェリチャーニノフの家まで訪ねて来て、二人は愛し合っているのだから年寄りが変な邪魔をしないでほしい、とトルソーツキイに迫る。もちろんトルソーツキイは、拒絶したが、ボーイフレンドは、結局あなたが最後はあきらめざるをえない事になりますよ、と言って帰っていった。
 トルソーツキイは明日にでも実家に言ってあんな小僧っ子のいうことなんか叩きつぶしてやる、といきまいた。その夜、トルソーツキイはヴェリチャーニノフの家に泊まっていったが、夜中に突然ヴェリチャーニノフはナイフの様なもので切りつけられた。かろうじて相手を組み抑えたが、左手に傷を負った。ヴェリチャーニノフはどうにかトルソーツキイを鍵のかかった部屋に閉じこめたが、自分は彼に殺されかけた、しかし彼はその直前まで自分を殺そうとは思ってもいなかったに違いない、と確信した。
 翌朝、トルソーツキイをそのまま帰した。ヴェリチャーニノフはなにかが吹っ切れたようだった。しかし、やがて彼はトルソーツキイが首をつるのではないかと心配になり、トルソーツキイのところへ向かおうと通りに出たが、そこであのボーイフレンドと出くわした。その青年が言うには、トルソーツキイはもう汽車に乗って街を出たと言う。青年はトルソーツキイと酒を飲み、さんざん彼からあなたのこと聞かされ、あなたへの手紙を預かってきたと言って手紙を差し出した。その手紙は、彼の妻が書いた手紙だった。ヴェリチャーニノフの所に届いた手紙とは別のもので、別れの手紙だったが、その中で彼女はいつか子供を引き渡す機会を見つけようと書いていた。結局、彼女はこの手紙は出さず別の手紙をよこしたのだった。
 それから丸二年が過ぎ、ヴェリチャーニノフは自分がかかえていた訴訟にも勝ち、大金を手に入れた。そして人が変わったように精神的にもすっかり立ち直り、元気になった。その日は友人に会うために汽車に乗ってオデッサに向かうところだったが、途中の駅で彼は再びトルソーツキイの姿を目にすることになる。
 ヴェリチャーニノフは、汽車の待ち時間にたまたまホームで起こったトラブルに介入し、婦人とその親戚とみられる連れの若い将校を助けたのだが、その婦人がなんとトルソーツキイの妻だったのである。トルソーツキイがちょうど用を足しにいっている間に起こったトラブルだったため、彼が戻って来ると婦人はトルソーツキイにくってかかった。弁解するトルソーツキイ、他方婦人から丁重に礼を言われ自邸への招待を受けるヴェリチャーニノフ。ヴェリチャーニノフは婦人の招待を喜んで受け入れると返事をしたが、もちろんそれは社交辞令だった。しかしトルソーツキイは真に受けて、まさか本当に家に来るのですか、とヴェリチャーニノフに青くなって問いただす。
 ヴェリチャーニノフは、意地悪く、あなたが私を殺そうとなさったのを話にでも行きましょうかと言ったが、もちろんそれは冗談で、あらためて伺いませんよと言うと、手のひらに傷のある左手をトルソーツキイに差し出しながら、握手を求め、手を引っ込めようとしたトルソーツキイに向かって、私が手を差し出しているんですから、あなただって手を握ったらいいじゃないですか、と叫んだ。トルソーツキイは、リーザのことは?と口の中でもぐもぐ言いい、唇をふるわせ、涙をみせた。そして動き始めた汽車になんとか飛び乗りトルソーツキイは去っていった。

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