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フョードル・ドストエフスキー『ステパンチコヴォ村とその住人』(筑摩書房)
作品について あらすじ 登場人物

あらすじ

 私の伯父イェゴール・イリイッチ・ロスターニェフ大佐は、最愛の妻を亡くしてまもなく祖父等からの遺産としてステパンチコヴォ村を相続すると、軍務を退き娘と息子とともにその村に住み着いた。そして、ほどなくして彼の母親も二度目の夫クラホートキン将軍が亡くなったため、取り巻きを引き連れて息子の所に移ってきた。母親は、見栄っ張りの強欲なエゴイストで、息子に対しても厳しくあたっていたが、善良で心優しい伯父は母親に対しても従順だった。また、将軍夫人の取り巻きの一人に夫の書生をしていたファマー・フォミッチ・オピースキンという男がいたが、将軍夫人はこの男を崇拝していたので、彼が移って来てから一年も経たないうちにこの男は伯父の家で大きな力を持つことになった。

 私は10歳の頃に孤児となり、伯父の家に引き取られ養育された。ペテルブルグの大学を卒業してからは伯父の家からは離れ、都会暮らしていたが、つい最近伯父から手紙を受け取った。それには、今伯父の子供達の家庭教師をしている娘を紹介するから早く結婚するようにと書かれてあった。とりあえず私は実家に帰ることにしたが、その途中、偶然伯父のかつての同僚の一人からステパンチコヴォ村でのとんでもない話を聞くことになった。大佐が家庭教師の娘に恋をしているらしいので、この娘を家から追い出して大佐をある金持ちの女性と結婚させようと母親の将軍夫人とファマー・フォミッチが企んでいるというのだ。
 いずれにしろ自分の目で真相を確かめるしかないと思い、私はペテルブルグを発つことにした。ステパンチコヴォ村に向かう途中で隣村の地主スチェパン・アレクセーイッチ・バフチェーイェフから聞いた話では、1年ほど前にファマー・フォミッチたちがあの家に来てからというもの、今では近隣在住の者たちはファマー・フォミッチに腹を立てて、一家とは縁切り状態になってしまっているという。
 ステパンチコヴォ村に着いたのは午後5時頃だった。久しぶりに会った伯父は、不安そうで、なにかに怯えているように見えた。翌日、私は伯父の家の者に紹介されたが、家の者たちにはあまり歓迎されていないようだった。その場にいたのは伯父とその家族である娘と息子と母親と叔母の他に、母親の取り巻きの婦人連や二人の若い青年と家庭教師の女性であった。家庭教師は若くすらりとした美人であった。しばらく経って家庭教師の父親も姿を見せたが、最後になってあのファマー・フォミッチが姿を現した。
 この家では、母親の将軍夫人が大きな権勢を振るっていたが、母親はこのファマー・フォミッチに額ずいているので、元書生ではあるこの男がこの家の事実上の支配者でもあったのだ。伯父さえも彼には遠慮し、怖れているように見えた。彼は、みんなの前で老侍僕のガヴリーラにフランス語を喋る試験をしたり、若い侍僕のファラレイには下品な踊りを踊っていると吊し上げたりした。私はファマー・フォミッチのあまりにも尊大で傲岸不遜な態度に我慢がならなかったので、つい若気の至りでその場で彼に露骨に盾ついてしまったが、私の思わぬ態度に伯父はさすがに動揺を隠せなかったようだ。

 その日のすぐあとで家庭教師のナスターシャと直接話ができる機会があったので、彼女に思い切って自分との結婚話について尋ねてみたが、彼女はまったくその気持ちはないようだったし、この家の誰とも結婚するつもりはない、明日にでも父と一緒に出ていくつもりだ、と言ったのだ。
 それから私は伯父に呼ばれた。伯父は、ファマー・フォミッチと別れる事にしたと言ったが、結局その直後、ファマー・フォミッチに手切れ金のような形で莫大な金と住まいを提供するとまで申し出たのにあっさり拒絶され、しかもその潔い態度に伯父はかえってファマーにひれ伏してしまったのである。そこで伯父は、母親とファマーを納得させるためには、私を家庭教師のナスターシャと結婚させて、自分は資産家のタチヤーナ・イワノーヴナと結婚するしかないと腹を固めたのだ。それしか家庭教師を家に留めておく方法はないというわけだ。
 しかし私が、ナスターシャは私と結婚するつもりはないし、明日父親とこの家を出ていくと言っていた、と伝えると伯父は仰天してしまった。そこで伯父は、その晩ひそかにナスターシャと庭のはずれで密会し、私と結婚するよう説得したのだが、ナスターシャは伯父に抱きつき、伯父を愛している、自分は誰とも結婚しないで修道院に入る、と言ったという。しかも運悪く、二人が抱き合って接吻する瞬間をファマーに目撃されてしまったのである。伯父は、もはや正面突破しかない、ナスターシャにきちんと結婚を申し込む、とようやく腹をくくったのである。私も、伯父の本心を見抜いていたのでもちろんそれに賛成した。

 伯父は翌朝手紙で、ファマーに自分の本心を伝え、どうか二人の結婚を認めて欲しいと頼んだという。その日は息子の命名祝が行われたのだが、祝いの会が終わらないうちに、ファマーは自分はこの家から出ていく、永遠にお別れです、と言った。止める伯父に対して、ファマーは、どうかあなたの情欲の炎を抑えてほしい、あなたは汚れない娘を堕落させてしまったのだ、と叫んだ。さすがに怒った伯父はとうとうファマーをこの家から追放してしまった。
 ファマーは雷鳴が轟くなかを馬車で出ていった。そのあと伯父は、ナスターシャに結婚の申し込みをしたが、ナスターシャはお母様や他の皆さんに認めてもらえないので結婚はできません、実家に帰ります、と断ったのである。将軍夫人とその取り巻きは、とにかくファマー・フォミッチを戻して欲しいと伯父に懇願した。伯父は、ファマーがこの娘さんを侮辱したことを認め謝罪するならと言って、自らファマーを連れ戻しに行くことにした。
 十分ほどでファマーは家にもどって来た。ファマーは、しばらく休んでから、気を取り戻すと謝罪どころか再び伯父に対して激しい非難の言葉を浴びせたが、途中で一転、大佐、とにかくさまざまな徴候によってあなたの愛が純粋なものであったばかりか、高尚なものでさえあった、ということを確信するに至ったので、二人をここに祝福します。ウッラーと叫んだのだ。これで、伯父とナスターシャはめでたく結婚することができた。

 将軍夫人は結婚から三年後に亡くなったが、ファマーは二人が結婚したあとも、相変わらず我がままし放題でそれは彼が亡くなるまで七年間も続いた。娘のサーシャは、だいぶ前に立派な青年と結婚し、息子イリューシャはモスクワで勉学に励んでいる。伯父夫婦は子宝には恵まれず、今は水入らずの生活を楽しんでいる。


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