作品について
白石一文「ほかならぬ人へ」は、初出は『Feellove』4号(2008年7月)、5号(2008年12月)である。2009年11月5日に祥伝社から単行本『ほかならぬ人へ』が刊行された。なお、この単行本には「かけがえのない人へ」(初出は『Feellove』7号 2009年7月「月が太陽を照らすには」から改題)も併わせて収録された。この『ほかならぬ人へ』が、2010年1月に第142回直木賞を受賞する。 選者の五木寛之は、選評で「人物の輪郭というか、キャラクターが鮮やかに描かれていて感心した。人物描写のエッジが立っている、という印象を受けた」と語っている。また、渡辺淳一は、二作のうち表題作のほうがはるかにいい、と述べたうえで、両作とも「さまざまな男女の、そして夫婦の関わりがあるが、もしかしてその各々が少しずつ食い違っていて、その相互の関わりを一斉にずらしたら、両者の溝が埋まっていくのではないか。そんな予感がリアリティーをもって迫ってくるところが、この作品の妙味であり、作者の着眼点の非凡なところである」と述べている。また、林真理子は「私はむしろこの小説から、恋愛の虚無を感じる」「上流の青年の描写が、具体的でリアリティーがある。日本の小説では珍しいことなので心に残った」と述べている。 ただ、浅田次郎は、この作品は受賞作にふさわしいとしたうえで、「受賞作にふさわしくとも作者の代表作としてよいものかどうか迷った。直木賞作家の冠名はその受賞作とともに語られ、つまり一生祟るからである」と述べ、「ほかならぬ人へ」が表題作で果たしてよかったのかとの思いを吐露している。また、北方謙三も「完成度にも、不満はあるまい。表題作の方がおおむね評価されたが、結婚と恋愛が何かを考えさせる『かけがえのない人へ』の中に漂う、妙ないとおしさと、結末の寂寞感も、恋愛小説の苦い味があって、私は好きであった、と述べており、収録の二作についての選者たちの評価に微妙なずれがあったことが分かる。
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