あらすじ
自分も私生児として生まれたフサは、15歳の時奉公のために古座の実家を離れ、神宮にやってきた。そこで山仕事をする西村勝一郎と出会い結婚、5人の子供を生んだが、勝一郎はフサが25歳の時肺病で亡くなった。フサは、それから行商をして5人の子供を女手ひとつで育てなければならなかった。その間に一番下の泰造が熱を出して亡くなってしまう。戦争は次第に戦局が厳しくなってきていた。そんな折、フサの前に現れたのが、周りから「いばらの龍」と呼ばれた大きな体格の男だった。まだ若く、美人のフサに男は近づき、フサは体を許してしまう。 まもなく戦争が終わった。フサは、いばらの龍こと浜村龍造の子を身ごもった。しかしほどなく龍造は博打でのいさかいで傷害事件を起こして刑務所送りとなる。そればかりか、フサの他にも女郎とさらに年若の女二人を孕ませていたのだ。フサは、男の子を生んだあと、龍造のところに面会に行き、欺された、これからは親でも子でもでもない、と啖呵を切った。 龍造が刑務所にいる3年の間にフサは、繁蔵と知り合った。女房に逃げられた繁蔵には文昭という男の子がいた。繁蔵はフサに秋幸を連れ、文昭と四人で一緒に暮らそうという。フサの他の子供たちはもうだいぶ大きくなっているから少し離れていても大丈夫だろうという。フサは、迷っていた。そんな折、フサの母が亡くなった。フサと家族を結びつけていたその結び目がなくなった。母の葬儀も終え納骨式の折、フサは、激しい空虚感に襲われた。秋幸と自分が居なくなればという思いがよぎり、気づくと秋幸と二人して海岸にいた。フサは秋幸を抱きかかえ海水に浸かった。深い方に向かおうとして石に躓いて倒れた。秋幸が離れた。必死で秋幸の名を呼ぶ。すると、遠くから母さん、母さんと呼ぶ美恵と君子、そして郁男の声がした。その声に我に帰りフサは岸辺に引き返し、実家に戻った。 翌日、長兄の幸一郎がうろたえるフサを見つめていたが、フサは大丈夫だ、というように明るく笑みを作って立ち上がった。
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