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中上健次『蝸牛』(河出文庫)
作品についてあらすじ  

作品について
 この作品は1974年『文芸』3月号に発表された。前年『文芸』6月号に発表された『十九歳の地図』が芥川賞候補となり、にわかに注目を浴びることになった。この作品で中上健次は自身の家族物語に大きく踏み込んだ。
 この作品の主人公ひろしの同棲相手である光子は後の『岬』『枯木灘』にも登場して来るが、この二作品の主人公である秋幸の異父姉(美恵)の夫の妹である。光子の同棲相手はひょんなことから光子の兄の脚を包丁で刺し、その傷がもとで兄は死ぬ。これは実際に起きた中上健次の親族内での殺人事件をもとにしている。
 事件は1968年7月に起きた。故郷の和歌山県新宮市王子町に住む異父姉の夫の兄久掘清彦が妹の連れ合いに包丁で刺されて亡くなったのだ。親族同士の殺人事件に中上健次はショックを受け、翌月に、地元紙「さんでージヤーナル」に詩「挽歌−久堀清彦に」を投稿している。

     挽歌−久堀清彦に
  老婆よ
  悲しみにひざをおる聖歌隊の
  声に萎える草
  旗のようにもはためかぬ
  ワルシャワの革命歌のようにもひびかぬ
  いんいんと歌うわが老婆たちよ
  おまえは風のように死んだ男をうたう
  もっとも後なる男の
  もっとも後なる歌
  ああ老婆
  泥ずむこの脚、先なるものをからめよ
  ひとり裸形のまま
  野辺にゆく男をうたえよ

 『岬』『枯木灘』では、事件の詳しいいきさつについてはあまり書かれていない。この作品を読むと兄と妹の間にどんな確執があったのかが分かる。
 この作品以降、中上健次は、親族のかかえる宿痾へ自らの筆の矛先を鋭く向け始めたといえる。それまでは、『一番はじめの出来事』をはじめ中上健次の作品では異父兄の自殺に焦点があてられてきたが、この作品からその視野は、親族全体へと広がり、やがてそこから「路地」の宿痾へとそれは広がってゆくことになる。

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