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中上健次『蝸牛』(河出文庫)
作品についてあらすじ  

あらすじ
 この作品の主人公ひろしは『岬』『枯木灘』の主人公である秋幸の異父姉の夫の妹光子の同棲相手である。ひろしはひょんなことから光子の兄の脚を包丁で刺し、その傷がもとで兄は死んだ。
 ひろし(『岬』では安雄)は大阪あたりから流れて来た年下の26歳のチンピラで、光子が働くバーで知り合っていつの間にか光子のところへ転がり込んでヒモのような生活をしている。光子は32歳になっていた。ひろしの仕事は光子の連れ子である輝明を幼稚園に迎えに行くこととバーの仕事が終わった頃に店に光子を迎えに行くことだけで、他に働いてもいない。光子は、無理して働かなくても迎えだけきちんとしてくれればいいという。ひろしは光子とよく蝸牛がつながるように性交している。ひろしはその繋がりがあればいいと思う。
 光子の弟は自殺したが、光子は兄が弟を殺したも同じだという。片脚が不自由で義足の兄は、親からもらった家と土地を元手に手広く電気工事店をやっていた。兄は女を囲ってもいるという。光子はよくひろしにどんなに兄が理不尽であるか涙を流しながらこぼした。その話を聞いてひろしは、その兄に対してもう少し光子と輝明に暖かくしてくれ、女を囲う金の半分でも光子にやれと言ってやろうと考え、ひろしは包丁を買った。
 それからほどなくひろしが輝明を連れて裏山に遊びに行き、そこでひろしがちょっと眼を離したすきに輝明が笹の茎で眼を突っついて血を流した。ひろしは輝明を病院に運んだ。ひろしは輝明を抱えて走ったが、その時ふとひろしは自分が輝明の親になってもいいと思った。ひろしは病院から電話で光子に知らせた。光子はあわてて病院に駆けつける。光子は興奮していた。輝明が病院に運ばれたと聞いて、気が動転していたのだ。
 寝ている輝明を見てあんたが死んだらお母ちゃんは生きておれん、と言って泣いた。その泣く様子を見てひろしは、もういいよ、俺が悪かったと言ったが、その言葉は光子の感情をさらにエスカレートさせた。ひろしは本当の親じゃないから親の苦しみがわからないのだ、あんたのような甲斐性なしのぐうたらな男なんかいらない、今日限り追い出してやる、と光子はいきまいた。
 それから数日後ひろしは光子の兄の家の前に立っていた。兄に光子と輝明のことを掛け合おうと思ってやってきたのだ。ちょっと脅すために包丁を紙で包んで手に持っていた。ちょうど家では子供と夫婦三人の昼食時であった。ひろしは初めから兄を刺すつもりなどなかった。脅かそうとしただけだった。兄がそれを見て怯むどころか身構えたのがいけなかった。ひろしは訳がわからなくなり、兄の良い方の脚を包丁で刺した。なんとかしたれよ、なんとか…ひろしはそう声にならない声で言っていた。

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