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白石一文『砂の上のあなた』(新潮社)
作品について |あらすじ  

作品について
 本作品は、二〇一〇年一月に『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞した作者の受賞後第一作となる。書き下ろし作品として二〇一〇年九月三十日に新潮社より出版された。
 女性を主人公とした作品で、女性にとって家族とは、結婚とは、子供を産むとは、子育てとはなにかを正面から問うた作品である。
 男性の作家が、ここまで女性の視点に立って、女性の人生、とりわけ家族と出産について描くことができたことはある意味驚きでもある。
 しかも、作者自身は先妻との間に息子ひとりをもうけているが、その息子に「おまえなんて生まれて来なければよかった」との暴言を浴びせ、その息子が中学生の時には、妻子を捨てて家を出ており、その後出会った年下の女性と二十年以上事実婚の状態にあるが、その女性との間には子供をもうけていない。子供を作らない理由は、自伝小説『君がいないと小説は書けない』(新潮社)の中の主人公野々村の言葉によれば、「野々村はことりとの間に子供を作ってしまって家族になってしまうのが嫌だった。そうなってしまえば、また自分はその場から逃げ出してしまうに違いなかった。野々村は、家族という薄気味悪い厄介なものを抱え込むのはもうこりごりだったのだ。」
 「ことり」というのは、事実婚の相手である。
 おそらくこの主人公野々村の言葉は作者の本音であろう。家族というのは、作者にとって薄気味悪い厄介なものだったのである。彼は、そういう厄介なものからいつも逃げてきた人間である。その彼が家族と出産について真正面から取り上げたのだ。しかも、女性の視点から。
 視点を逆にしてみると、意外にはっきりと見えてくるものがあるような気もするが、この小説を女性が読んだら共感するかどうか、私も男だからなんともいえないが、たしかに家族というものが「薄気味悪い、厄介なもの」だという印象は確かに受け取ることができるだろうとは思う。
 この作者は、筆達者であるが、ともすれば書き過ぎるきらいがある。直木賞受賞後第一作の作品として、かなり力をこめた作品であることは間違いない。作者の熱量も半端ないものがることは伝わってくる。しかし、少しいろいろなもの詰め込み過ぎた。後半のミステリータッチの展開にしろ、入り組んだ人間関係にしろ、読者の多くは読み進むうちにいやでも「疲労感」を憶えざるを得ないような気がする。何度も前のページに戻って読み返さなければならない小説であることは間違いないだろう。
 もちろん、それだけの苦労もいとわず読む価値はあると思う。だが、しかし、読者へのサービス精神がちょっと空回りしてしまった感は拭えない。そこが、少し残念ではある。


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