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白石一文『翼』(光文社)

作品についてあらすじ  

作品について
 二〇一一年六月二十五日光文社より刊行。初出は、光文社販促通信「鉄筆」二〇一一年三月〜五月号。
 光文社による「テーマ競作小説『死様』」シリーズの一冊。
 テーマ競作小説「死様」シリーズには、白石一文の本作品のほかに、盛田隆二『身も心も』、 佐藤正午 『ダンスホール』、 荻原 浩 『誰にも書ける一冊の本』、 土居伸光 『光』、 藤岡陽子 『海路』の六冊がある。
 主人公は独身OLの田宮里江子だが、その里江子をひたすら愛し、その愛のために命を投げ出してしまうのが、里江子の友人聖子の夫長谷川岳志である。
 本作の主題は「愛と死」というごくありきたりなものである。やや強引ともいえる形で長谷川岳志を死へと至らしめてしまったのは、「死様」というテーマが与えられていたがゆえとも思える。
 この作品のなかで、印象的なのは、山城との間で交わされた「人の死」についての里江子の考えである。
 そこで里江子は、人が死ねば「無」になるが、ただ自分の記憶が消滅しても、他人にはその人の記憶が残るので、その意味で人の死は関係者全員の死をもって「完全な無」になるのかもしれない、と述べている。
 なるほど、と思わせられたが、しかしよく考えてみると「記憶」という形で残されるその人に関する情報は、「記憶」を有する人が死んでも必ずしも消えるわけではない。なぜなら、その「記憶」は人から人へ語り継がれて生き延びることもできるし、文字で「記録」されて後世に伝えられることも可能なのだ。その意味で関係者全員が亡くなっても「完全な無」が訪れるとは限らないのではないか。人は死んでも、長く人々の中に生き続けることがあるのだ。
 なお、作品の中に「ジョエル・ミューラー」という現代絵画の巨匠という名前が出てくるが、実在した人物ではない。従って、彼の作品といわる「わが心にも千億の翼を」ももちろん実在していない。あくまで創作上の作品である。


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