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中上健次『地の果て 至上の時』(小学館文庫)
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あらすじ

第一章
 腹違いの弟、実父浜村龍造の二男秀雄を殴り殺した罪で刑務所に三年入っていた秋幸は、出所しその足で紀州に戻ってきた。二十九歳になっていた。
 最初に寄ったところは、高校時代の同級生の父親が経営する友永山林という材木店だった。店には同級生の友永はいなかったが、店の事務員に、町へ出て行くと風邪引くという男に会いたいんじゃ、と言うと、六さんか、と教えてくれた。店のジープで山の奥で仕事してるという彼のところに連れていってもらった。
 六さんは、手斧で雑木をはらっていた。友永の息子から話を聴いて、一度ゆっくり酒飲みたいと思っていたと秋幸が言うと、あの若旦那の友達か、とうなづき、その日仕事が終わったあと、彼の住む小屋に泊まって酒を酌み交わした。
 秋幸が刑務所にいる三年の間に秋幸の生まれた土地の近辺は大きく変わっしまっていた。面会に来た新地に店を出していたモンから、路地も新地も消え、市の中央にあった山もその山の峠もごっそり取り払われ、その一帯は空前の土建ブーム、土地ブームに沸いている、という話を聞いていた。
 以前はほそぼそと土建屋をやっていた者たちがキャデラックを乗り回し札びらを切っている、とモンは言う。秋幸は、モンを使いに来させたのは浜村龍造だと気づいていた。
 秋幸は、六さんのところに居られるだけ居させてもらおうと思っていたが、次の日六さんは、山で仕事をしていて、運悪く手斧で自分の足の甲を砕いてしまったのだ。
 秋幸が六さんを背負って山から下ろし、病院へ運んだ。しかし六さんは病院の前で、あかん、あかん、と病院に入ろうとしない。秋幸は、ならばと六さんを浜村木材の事務所に運び、番頭にここに医者を呼べと言った。
 事務員があちこちに電話して、やがて医者が来た。医者と一緒に浜村龍造もやって来た。浜村龍造が医者にひとこと言い、事務所のひと部屋を借りて六さんの手術が行われた。
 手術をした北川は、秀雄が運びこまれた時に応急手術をした医者だった。浜村龍造は、その昔佐倉の番頭になったばかりの頃、崖から落ちて動けないでいた六さんを助けたことがある、あれの兄貴をよく知ってると言った。
 手術が終わった。医者は、六さんは包帯を巻き終わると帰ったと言った。秋幸が、それなら自分もここに長居は無用だと立ち上がろうとすると、浜村龍造が、北川に、これがわしの恋い焦がれとった秋幸じゃよ、と言った。
 わしのものはなにもかも秋幸のものじゃ。土地も財産もこのを浜村龍造さえ秋幸のもんじゃ、と言い、そしてあの秀雄さえ自分のものだと言って俺から取り上げたんだ、憎いのう、嫉妬するのう、こんなに若て、と言った。
 そのあと、北川を交えて浜村龍造と秋幸は酒を飲んだ。事務所のソファに腰掛け、浜村龍造はモンに電話し、秋幸が戻ってきた、秀雄を連れて、と言うとモンが電話のむこうで驚く。
 酒と氷を持って来たのは浜村龍造の長女とみ子だった。妻のヨシエも顔を出した。秋幸が詫びの言葉を言おうと口を開こうとすると、浜村龍造が、何も言うてくれるな、とそれを制し、ヨシエが娘を産んでも俺は見向きもしなかった、フサさんに男の子が産まれたと知ってたからだ。秋幸がここにこうやっているということをいつも現実のこととして視ていた、と言う。
 北川と浜村龍造が上機嫌で昔話をしていた。秋幸はふと、六さんを連れてきただけじゃった、と言い立ちあがりかけると、浜村龍造は、これからモンの新しい店に行って二人で飲むか、と訊く。秋幸は、そんなことは後じゃよ、何も俺はこの眼で見とらん、と言い、それから、龍造よ、とまるで浜村龍造を自分の息子のように呼び、刑務所の中で浜村孫一がなんべんも夢枕に立つんじゃ、と言った。
 おまえこそおれの現し身じゃ、龍造はおまえの子供じや、ご先祖さまもそう言ってた、と浜村龍造は言う。秋幸は、歩いて事務所の陳列ケースのなかのがらくた同然の火縄銃をつかみ出し、玄関に向かう。おまえはなにもかも俺から取り上げる、と浜村龍造ははしゃいだ口調で言った。
 
 
 秋幸はそれから歩いて町の中心部に向かった。途中、通りで、後ろから声をかけられた。幼なじみの良一だった。良一は現場監督官になっていた。
 良一は、かつて秋幸の舎弟だった。その場で良一は部下に指示を与えたあと、一緒に尻について廻るのは久しぶりじゃ、と言い秋幸についてくる。
 柵のついた有刺鉄線の向こうはかつての路地があったところだ。そこにはただ雑草が生い茂っていた。その先には秋幸の異父妹であるさと子やモンの店があった新地や製材所があったが、それらもみんな消えいた。雑草の茂みの中に、テントが二つほど張られていた。柵の中に入った浮浪者風の男たち五人が口々に怒鳴っていた。
 良一が、昼間から酒飲んで騒ぎ廻るアル中と覚醒剤うってボケとる連中じゃ、と言う。その中の一人が秋幸に向かって手を振っていた。それはヨシ兄だった。近寄ってみると五人のうち三人が顔見知りだった。
 路地に住んでいた者たちだ。
 背広姿の男たち三人を浮浪者風の男たちが取り囲んでいた。その背広姿の男たちは秋幸に向かって、自分たちは桑原産業のもので、その会社には秋幸の義父の竹原繁蔵も姉美恵の夫の実弘も参加しているのだと説明し、浮浪者たちがここを根城に追っても追ってもバラックを建てようとするので、困り果てているのだ、という。
 ヨシ兄たちが、おまえたちがそれを燃やしてたんだ、と怒鳴る。浮浪者風の男の一人が秋幸が鉄砲のようなものを持っているのに気づき、撃ち殺したってくれ、と叫ぶ。これは昔ながらの火縄銃だ、と秋幸は言い、おまえらこいつらを追い出したったれ、と浮浪者風の男たちをけしかける。
 結局、男たちは昔の新地の方へ向かって逃げ出した。テントの脇の草むらに坐りヨシ兄が話し出す。良一は秋幸に手でボケているのだ、と合図する。秋幸は、良一におまえもここに坐れと、言う。
 ヨシ兄の話すジンギスカンが、酒と覚醒剤のたまものであることはわかったが、路地が忽然と消えたあとに現れた原っぱは、秋幸にも遠い昔にかつてジンギスカンとして草原を馬で走っていたその記憶をよみがえらせる。ヨシ兄は、千年の時を経て蒙古の草原の父祖の地にたどり着いたというように背筋をのばし、あごを引き、眼をみひらいて涙を流す。
 駅の構内まで追っかけてきたという男たちが戻ってきてまもなく、良一にうながされて秋幸は立ち上がってそこをあとにし、路地跡を横切り、義父の家にむかった。
 
 
 家の脇まで来て玄関先の夏ふようの芳香が風に混じっいるのに気づいた。母親のフサは顔を見るなり、羞かしからその服を替えてくらんし、と古座なまりで言い、秋幸が戻ってきた言うても宴会はせんど、と良一に言った。
 フサは洋一も今家にいるという。洋一は義父繁蔵の弟の文造が養護院からもらい受けた里子だった。文造はその後妻と離縁し、ほどなく癌で亡くなってしまった。孤児になった洋一を繁蔵は家に引き取って育てることにしたのだ。
 フサは秋幸に着替えさせ、着ていた服を灯油をかけて庭で燃やした。火は高く炎を上げて燃え上がった。フサは、せいせいした、と言った。
 
 
 町の地図が大きく塗り変えられているのが、車まで走ってみてよくわかった。秋幸が、これじゃ土方たちがキャデラック乗り廻すのもあたりまえじゃ、と言うと、良一は、もうけとるのは佐倉、浜村、桑原、それに成り上がった二村だけじゃろ、と言う。
 佐倉がどのような家系なのか、噂は幾通りもあったが、その佐倉が町の人々のなかに躍り出てくるのは、戦前に天皇暗殺計画が発覚してその首謀者が養子に行った佐倉の弟だったことが明るみに出てからだった。
 その男は毒取(どくとる)と呼ばれ、路地の者らを銭がない時には無料で診てくれていた。また、路地を檀家にしていた寺の住職も検挙され、路地も警察の監視対象となった。路地の者たちが佐倉に対して好意を抱いたのはこの毒取のせいだった。
 徳川の時代には御三家と呼ばれ、末期には家老として国を動かしていた水野氏の城下新宮で起こったこの事件を町の人々はデッチ上げだと口々に言ったが、紀州はこれにより一挙にたたき落とされて闇のなかに沈んだ。
 佐倉は路地の者たちを数多く人夫として雇い入れ、また金貸しもして知らぬ間に路地のものたちの土地を佐倉の所有にしていった。戦後あちこちで火付けがあり、それらの土地は一様に佐倉が路地の者たちから手に入れたものだった。体の大きな男がフサの前に姿を見せ居つくようになったのもその頃だった。
 秋幸は何者かが力まかせに地表をはいだような赤まだらの土地を見て、ここは好きじゃけどの、と溜息をつくようにつぶやいた。それから良一と食事をしようと車で町の中心部に出た。車を降りて道を渡る時に、義父繁蔵の姉のユキが秋幸を見て、人を殺して、十二にもならん神様みたいな子の腹大っきして、人になすりつけて戻ってきたんか、と怒鳴った。うるさい、クソババアと良一が黙らせた。
 店に入って良一から徹の話を詳しく聞いた。ユキは秋幸を徹と思ったようだ。徹はかつて義父繁蔵の息子文昭が経営する土方の組にいて現場監督の秋幸の下で働いていた。その徹が十二になる白痴の娘を妊ませたのだ。その娘が赤子を産むと、祖母がその娘を連れて徹の家にやってきた。その日から徹は居なくなり、赤子は徹の母とユキの手で捨て子として警察に届けられた。つい去年のことだった。
 秋幸はそれから良一と茶屋に行き芸者を呼び、そのまま女の脇で朝を迎えた。起きて朝飯を食べ終わると、秋幸は良一と別れ、家に戻ってからヨシ兄に会うために路地跡を訪ねたが、誰もいず、昼すぎになってようやくヨシ兄の住む浜そばの粗末なブリキ小屋にたどりついた。
 その小屋にはヨシ兄と三男の鉄男がいた。鉄男は高校を中退してブラブラしてるらしい。親子で覚醒剤をやってるようだ。鉄男の母親は鉄男が産まれるとすぐ逃げたんだという。ギターをならし、歌を時々歌ってくれる、だから置いているんじや、とヨシ兄が言った。
 ヨシ兄に浜村龍造もシャブをやってるのか、と訊いたが、手を振るだけだった。
 ヨシ兄と浜村龍造は昔から悪仲間だった。佐倉の番頭からやがて一人立ちして成り上がり、そしてライオンズクラブにも入った。しかし浜村龍造はそのサクセスストーリーの裏にある糞の王と呼ばれる汚名をそぐように、有馬の土蔵をさぐり、古老から話しを聞き出し、歴史家を動かして、有馬こそ浜村衆の首領浜村孫一が織田信長との戦に敗れ落ちのび、熊野にたどり着いて築い場所であると、そしてその子孫が自分であると書いた石碑を建て、本を刊行したのである。
 路地に住んでいた者たちは、よそから流れてきた喧嘩早くて気の荒い博打打ちで、若後家の家に上がり込み、たちまち子を孕ませ、他にも女二人に同時に孕ませていた男が、後家からもその子からも追われるように路地を出て、いつのまにか成り上がり、そうして嘘か本当かわからぬ先祖をまつりあげると嘲りわらった。この町の古くからの材木商たちもその話をはなから相手にしなかった。しかし浜村龍造はそんなことには頓着しなかった。
 ヨシ兄、わしもジンギスカンかいの、と秋幸は浜村龍造の顔を思い浮かべながら言った。おうよ、とヨシ兄が答える。しかしあかんのう、と不意にヨシ兄は言い、俺は今アル中のスエコを女にしとるんじゃが、あれはヤキモキ焼きで、からきしあかん、と言い大きく溜息をついてバラックの道を歩いて行った。
 秋幸は、車の鍵を返しに友永のところに行った。友永と久しぶりに会い、ビールを飲みながら高校時代の昔話に華を咲かせた。秋幸たちの学年はその高校創設以来教師たちにもっとも手を焼かせた学年だった。そのため、会えばその頃の武勇伝が飛び出す。春の全校マラソンの時に、二年生は教師の号砲とともに一斉にくるりと後ろを向きコースとは逆に走って学校の裏門から熊野川の方へ向かい、車で追いかけてきた教師たちが川にかかった大橋のたもとで先頭に追いつき立ちふさがると、たちまち橋はトレパン姿の生徒たちで埋まり、交通を遮断することになった。警察も、新聞記者も駆けつけ、翌日の朝刊の社会面に大きく出て、二年生は父兄呼び出しとなり、そのうえで三ヶ日間にわたる終日反省会が全員トレパン姿で校庭に坐らされて行われた。
 また数々ある事件の中でもハイライトは、高校二年の秋の運動会での仮装行列だった。春の事件もあったので二年生は退学も覚悟していたが、運動会当日の昼食時、さあ、見てください次は仮装行列です、というマイク室に入り込んだ生徒の合図とともに、校長や教頭、数学の教師、英語の女教師そっくりの仮面をつけた面々が、葬式学校、葬式学校と口々に言いドンドン、チンチンと音をたてながら首をうなだれて進む生徒らの先頭を体をそっくり返して威張りちらしながら運動場を一周する。放送室に入り込んでマイクでアジっていた生徒は体育の教師に殴られ鼻血を出した。
 殴られた生徒の親がヤクザだったから学校も謝ったんじゃ、と友永が言った。その仮装行列の言いだしっぺは、同級生の田城と結婚した同じく同級生の斉藤久美の兄貴で一級上の斉藤保という男らしい。斉藤保は京都の国立大に進み、大学院を出て助手になったが、体こわして戻ってきてると言うので、友永が会ってその件を訊いてみたが、彼は田城はなんでも俺のせいにすると苦笑いしてたそうだ。
 友永の部屋の机に電話があるのを見て秋幸は、断りもせず、ダイヤルを回した。相手は、いませんけど、と言ってそのまま電話を切った。秋幸は紀子に電話をかけたんじゃ、と言う。友永は、後でわしから電話したるから、と秋幸をなだめるように言った。
 義父の家に戻ると、繁蔵も文昭も箸に手をつけず秋幸の帰りを待っていた。フサは秋幸の帰りが遅いので、モンのところに電話したあと、初めて浜村龍造のところにも電話し、この卑怯者、子を欲しいんやったら欲しいと挨拶に来い、と怒鳴ったと言う。浜村龍造は、違うんじゃ、秋幸さんはわしの子じゃない、わしの親じゃ、秋幸さんが親じゃったさかい、わしは博打に身を持ち崩しとったのから更生できたんじゃ、と言ったらしい。世迷い言ぬかすな、と言ってやったとフサは言い、誰にも気兼ねせず好きなように選べばよい、と秋幸に言った。
 姉の美恵と夫の実弘は、路地を取り壊し、その地区一帯の改造計画が動きだそうとする頃、峠ひとつ向こうの山際に一年がかりで家を建て、かつて兄の郁男が自殺した家から移り住んだ。しかし彼らもこの地区の大改造計画を進める開発会社の役員なのに、しばらくすると夫婦で眩暈がする、頭が痛い、肩が凝るといい、地霊のたたりかもしれない、と言いだしたのだ。
 そして実弘が千年も前の衣装をつけた女が角に立ってこちらを見てもの言いたげにしていたがすぐに消えた、と会社の役員会で言うと、別の役員がそれはおそらく丹鶴姫と呼ばれた女人の霊に違いないと言い、その話はたちまちこの土地に流れ広がった。もっともその噂をするもの誰一人その亡霊を怖れるものはなくむしろ丹鶴姫の話は紀州人、熊野人のロマンを刺激するものとして歓迎された。
 フサは秋幸に、おまえも組を持たなくてはいけない、と言う。そのために母さんはヘソクリしとる、二千万はある、という。それだけあればダンプも買えるし、道具も揃えられる、とフサは言う。
 翌日、文昭の車に乗って竹原建設の現場に出た。現場には、中野さんや女の人夫の清ちゃんもいた。かれらと少し話したあと、文昭から説明を受け、下請けの責任者だという若い衆に連れられて作業の様子を見た。しかしかつての現場とは様子が違うのがすぐに分かった。
 その若い衆が労務者たちをこき使い、抜け目なくうまい汁を吸っているに違いないと思い秋幸は、なぜか憎悪が噴き出てくるのを抑えることができなかったが、その若い衆に一言嫌みを言って、労務者たちにまじって働いた。
 それから数日後、秋幸が現場で労務者らと働いていると聞きつけた良一がジープでやってきて、文昭に秋幸を責任者につける気もないのか、それならお前を入札でこっぴどく叩いてやるぞ、と脅した。文昭は、こっちに勝ち目はないから謝るしかない、それにしてもなぜ秋幸の事をそんなに気にかけるのか、と言った。良一は、あれが路地にいたころから隊長で、秋幸とおまえじや格が違う、と言った。
 秋幸は、良一に命じて下請けの責任者の若い衆を殴って、拉致しジープに乗せて、高台のホテルのテラスに連れてきた。拉致された若い衆は良一にどこから来たんじゃ、と訊かれ、若い衆が、あっちじや、と川の向うを指すと、良一は、わしら二人とも長山じゃ、と自分たちが路地の者だと教えた。そこで若い衆はいきなり襲った暴力の理由を理解したように気弱な表情をみせた。
 秋幸は、そこから紀子に電話した。紀子は三時にデパートの屋上の小鳥店に行くからそこで待っててと言い、その屋上で秋幸は紀子と会った。紀子は秋幸に瓜二つの小さな男の子を連れていた。子供をゴーカートに乗せて遊んでいると、紀子が、光男、お父さんが来た、と言った。見ると、四十近い男だった。紀子は子供を連れてその男の方へ行き、男は秋幸に向かって黙礼した。男がエレベーターの方へ行くの眼で追ってから、紀子は戻ってきて、明日もまた会うて、と言った。
 町には奇妙な噂が流れていた。モンは紀子が子供を産んだ時、さと子からそれは浜村龍造が孕ませた子だ、浜村龍造が紀子と車にのっているのを見たとも言った。
 そのあとモンは直接浜村龍造に訊いていた。秋幸さんが壊したもんを恋人のおまえが弁償してくれ、減ったものを元にもどしてくれ、と紀子をからめてからくどいて、子供を孕まし、産ませたんやろ、と。浜村龍造は、わしが女をくどいて何が悪い、と言いながら、あれは秋幸に嬲られとった女じゃ、そんな女に何の意味がある、とも言った。モンは、もし紀子をくどき子を孕ませたというのが事実とするなら、ただの女ではなく秋幸と相思相愛の女が紀子だったということが浜村龍造にとっては大事だったはずだとその時思った。
 
 
 秋幸と良一は若い衆を連れてモンのところへやって来た。秋幸はモンに土方はもうやるまいと思うとるんじゃと言う。モンは水を一口飲む。秋幸も、その水俺にもくれと言うと、ただの水道の水じゃよ、と言い真新しいヤカンからグラスに水を注いだ。本当は山の清水を汲んで飲めと教えられたけど、汲みに行かれんから、我流やけど水道の水飲んどる、とモンは言う。
 それからまもなくのことだった。友永からさと子が水の信心とやらの信者となっていると聞かされたのは。それは秋幸の同級生でもあった田城が斉藤久美と結婚して斉藤の母親と同居したころから始まった。
 斉藤の母親はもともと山奥に住んでいたが、新宮に出てきて水道の水がまずくて飲めず、体調を崩した。母親はひとから勧められた日輪教の教えを信じ、日を受けた山の下にわいた水なら飲めると毎日山に水を汲みにでかけるようになり、その山の水を飲むとうそのように体調が良くなった。体毒が洗い流されるのを感じて、日の信心、水の信心を広めた。
 ちょうどその頃、新宮では大きな開発計画が発表され、山が削り取られ更地となった時期でもあり、水の信心は年寄りたちの間に広まっていった。友永は宴会で出会った芸者から聞いた話だとことわり、さと子が水の信心の道場となっている田城夫妻の家で信心と称して体をなぶられているみたいだ、と言った。そして、背後にはどうやらあの斉藤保がいるらしいとも。
 友永の家に戻り、来ていた友永の従姉妹たちとしばらくトランプ遊びをしてから、秋幸はそこをあとにした。秋幸はこれから自分がどうすべきか迷っていた。こころのどこかに浜村龍造の遠つ祖の熱病に染まっ部分があると気づき、それが今の自分を他の者ときわだたせていると思った。しかし秋幸が産まれたその路地、秋幸の出所を証す路地は消しゴムで消されてしまったように消えていた。
 通りを歩いていて、角のところでさと子に腕を取られた。さと子は、兄ちゃんな、秘密のこと教えたろか、と言う。さと子は、浜村龍造から、金を出すからここで喫茶店でもやれ、そしておまえの兄貴が減らしたんじゃから、責任とって俺の子を孕めと言われたと言う。あいつは気が狂っとるケダモノじゃ、と言った。
 ちょうどそこにユキが通りかかり、秋幸はさと子とユキと三人でビアホールに入る。ユキも水の信心の信者らしい。でも、さと子のほうが先輩らしくユキはさと子に、そんなんやったらいつまでも体毒抱えたままや、と怒られている。
 さと子は、自分からブラウスをはだけ肩から乳房にかけて走ったみみず腫れをみせる。それは水の信心の行に参加してできたものだった。三日間水だけ飲み、笞に打たれ、また水を飲む。行が終わって、水を飲み続けていると腫れは次々と引いてくるが、ここだけはなかなか引かない、たぶん兄ちゃんに言わなければならない秘密をかかえてるからだ、とさと子は言う。
 そして、紀子が結婚して産んだ子は浜村龍造の子だと言った。秋幸が一笑に付すと、さと子は、えらい女やね、婿と秋さん親子の三人を手玉に取るんやから、と言った。
 ユキとさと子と別れてから秋幸は拉致していた若い衆と良一をドンチャン騒ぎするからと電話で呼び出した。若い衆は文昭に、サボるんじゃったらおまえとこの人夫はもう使わんと怒鳴られ、平手をついて謝ったばかりなのに、秋幸におまえは下請けをやめて俺の手下になったはずじゃ、と脅され、仕方なくやってきた。
 三人で茶屋で芸者を上げ、首尾よく芸者をくどいて泊まり込んだ。翌早朝に玄関先で車の音が聞こえ、浜村龍造が立っていた。今日は、兄やんの運転で兄やんの好きなところへ連れて行ってくれ、どこへでも、何日でもかまわん、と浜村龍造は言った。
 秋幸は国道を山沿いに走らせた。本宮まで走って空が白み、十津川でようやく日がさした。途中、大きなライトバンの荷台にたくさん物を積みこんでいるのが不審で、ダムの脇で車を止め荷台をあけた。寝袋が二つ、荷物を詰め込んだダンボール箱も二つ、ガソリンの入ったポリタンク、それにトランシーバーもある。
 浜村龍造はトランシーバーを秋幸に一つ持たせ一つを自分が持ち、ダムの脇から歩き出して、食堂の裏口へ行き、そこから中に入っていってほどなく、アキユキ、朝飯を食わしてもらえる、と言ってよこす。
 朝飯を食べながら浜村龍造ははしゃいでいるように見えた。今日は兄やんに考えた事、全部言うてもらうからな、と言った。浜村龍造は奥から出てきた内儀に、おおきに、と声をかける。旦那さんにはお世話になりぱなしで、ここで食べてもらえるだけでも幸せやのに、と内儀は言う。
 浜村龍造は、わしゃ、もう旦那じゃない、これからはここにおる人がわしの旦那じゃ、と言った。内儀は秋幸にも深々と頭数を下げ、これからもどうかよろしう、という。その内儀も浜村龍造の手がついているのか。車に乗ってから、わしの阿呆さを示すもんの一つじやの、と浜村龍造は言った。
 車は次第に山深く入っていった。車が仮設されたばかりの橋にさしかかるところで、浜村龍造がちょっと止めてくれ、と言う。彼は、車を降りて山の杉の中に入り、しばらくして戻ってくると手に豆ほどの黒いかたまりを見せ、カモシカの大群に杉の苗がほとんどやられてる、といった。秋幸が浜村木材の山かと聞くと、鯨川のもんじゃ、という。
 鯨川というのは、紀州徳川家の血筋を引く面々の一人で、浜村龍造はつい先頃も、審議会で、そいつらがあまりに屁理屈をいうので、われらこの時代がまだ徳川の時代だと思うとるのか、と怒鳴って机を蹴り飛ばし、椅子をひっくり返してやったらしい。
 秋幸もそこから山を登っていった。浜村龍造が息を切らしながらついてくる。秋幸はこの美林の果てる頂上まで登り続けようと思った。やがて平坦地となり、そこを過ぎ急な斜面を登りはじめた。振り返ると浜村龍造は下で手を振る。
 ほどなくして尾根にたどり着き、日を浴び、秋幸は急に体が軽くなるのを感ずる。さらに雑木をあわただしく払って先へ進もうとしたが、後ろから歩を早めたのか浜村龍造が、おい待たんか、無茶するな、と声をかけ秋幸の腕をつかむ。その時、浜村龍造がどうしたんじゃ、と訊く。秋幸は、夢をみていた、と言った。その夢の話をしてくれ、と浜村龍造が言う。
 俺が歩いとるんじゃ、木を切り倒してもとがめられはせん、人を殺してもとがめられはせん、俺はそうじゃけど苦しんどるんじゃ。浜村龍造が、秀雄の事かい、と訊く。秀雄の事じゃなしに、あんたの事じゃ、蠅の王と噂されとる人間を殺したんじゃけども誰もとがめるどころか町の者は大喜びして俺だけ一人苦しんどる。
 蠅の王はそれじゃ、兄やんの事じゃだ。秋幸が、おうよ、というと浜村龍造は真顔になった。
 秋幸は尾根に続く濃い緑の山を見つめた。兄やん、浜村龍造が言う。あそこへ行こうとしてたんじゃな、あそこは山仕事をする者らは畏ろしうて近寄れん場所じゃ、という。そう思って浜村龍造は先を行く秋幸のあとを追ってきたのだ、と言った。
 秋幸を今失うことはできない、それはかけがえのない俺の中心だ、浜村龍造は祈りながら力を振り絞って山を登り、手つかずの山の方へ行く秋幸をつかまえた。背後から見る秋幸は光輝いているようにみえ、浜村龍造は秋幸をつかんだその手が焼け焦げる熱さを感じた、と言った。
 風が山の方向から吹き渡り、樹木が葉を震わせ、枝を震わせ、日を受けること、風を受けることが愉悦そのものだと鳴る。
 浜村龍造は並んで腰掛けた秋幸に、ポケットから手帖を取り出して、その手帖にはさんだ二葉の写真を見せた。一枚は五歳の頃の秋幸の写真で一人で写っている。もう一枚は見覚えのないものだった。真ん中に腕を組んで立っているのは秋幸らしかった。左横はまだ充分に若いフサだ。そして秋幸の背に手を当て右横に立ったのは人を射ぬくような昏い眼をした若い浜村龍造だった。三歳の頃だと言う。
 三歳の頃なら、浜村龍造は俺と母に追い返されていたはずだと、秋幸が言うと、浜村龍造は、じゃがこれは別の日じゃ、と言った。三人が立っているのは浜村龍造が初めて自分の名義で登記した土地だと、言う。そこに家を建てるつもりでいたが、途中でやめたのも、土地を売り飛ばしたのもこいつらのせいじゃ、と言った。見てみよ、必死になって立っとる男、殊勝に律義に思いつめて切手ほどの土地を持って更生しようとしとるんじゃ。
 
 
 さと子はモンに来て、歩いて五分ほどの山脇に清水のわいてでる泉を見つけたと言って、モンをそこに行こうと誘った。その泉は路地跡の柵を越えた向こうにあり、柵の隙間から入っていく二人にヨシ兄や浮浪者たちが威嚇するような怒鳴り声をあげる。さと子は振り返りもせず、歩いていって、ここ、と立ち止まる。そこには確かに清水がわき出ていた。
 秋幸は、結局浜村龍造とは途中で別れ、有馬の小屋に泊まったという。そこはジジが一人で畳を縫っていたところで、秋幸はそこを当分根城にするつもりで、寝具も買ったとモンにライトバンの荷台を開けて見せた。しばらくはあそこから勉強不足の為、方々に通うんじゃ、と秋幸は言い、ヨシ兄の子が来たら、浜村木材に来いと言うてくれ、とモンに頼んだ。
 秋幸が、浜村龍造と材木協会に顔を出すとたちまち噂は広がった。ちょうど秋幸が若い衆を連れて木の切り出しをしている現場監督に行こうとしているところで、友永に呼びとめられた。秋幸に、材木店やり始めるんだったら、いっぺん激励会やろうと西と安田とも言ってるんだ、と言う。
 友一が指揮する現場は秋幸の手下となった若い衆の里からさらに奥に入ったところだった。秋幸はその若い衆を連れて、現場に向かった。そこが窪田という山林地主の山だというのを地元の若い衆が教えてくれる。窪田というのは、ここらでは一番の裕福な家だと言う。
 現場につくと、友一、どこにおるんじや、と大きな声を出す。さして遠くない杉の木立の中から、はーい、という人の良い、龍造に言わせれば覇気のない性格がありありと出た声がする。現場には浜村龍造も来ていて、いきなり友一を叱りつけた。友一が印をつけていたチョークを取り上げ、いままで黙っとったけど、白のチョークはご破算じゃ、俺がつけた赤のチョークどおりにチェンソー入れるんじゃど、と印をつけはじめた。それからしばらくして秋幸の肩に手をかけ、別な現場に廻ってみようという。
 有馬の小屋は埃がたまってなかったか、と訊き、あの小屋は一見粗末だが、補強のため手が入れてあるので、あのままでも十年はもつ、と言った。ヤマを下りてすぐ、作業している人夫と一人の男が争っているのがみえた。
 男は、浜村龍造を見ると近寄り地面に突っぷして、額をこすりつけながら、頼むから、一日だけでも待ってくれんかいの、と懇願する。後ろで若い衆が、窪田だと教える。浜村龍造は黙って男をみつめ、秋幸に決着をまかすように、この人、金がいることあって手形切っての、それが自分でよう落とさんで、わしの方へ廻ってきた、そのうちこの人山林たたき売りはじめたんじや、と秋幸に説明する。
 手形不渡りなって、山林競売にかけよ、と思うとるのかもしらんけど、わしこの人から山林買うとる、と言うと、男は、手形握って脅したんじゃ、と言う。
 浜村龍造は、わしがいまさらおどすような事、なんでする、と言い、もううるさいさか兄やんにまかす、山を自分で売った金でそれを落とすまで手形の方まったるか、破産か、と言った。
 秋幸は、あかんのう、窪田さんもそういつまでもええ目ばっかりも出来んで、と言う。男はいきなり、秋幸に殴りかかってきて、逆に人夫たちにつきとばされた。
 車に乗ってから、浜村龍造が、俺もおまえもこれでまた悪う言われる、とつぶやき、わしゃ急にライオンズクラブの会員だったこと思い出して、かまわん、好きなようせい、と言おうと思たんじゃが、テレくさいので兄やんにどうするか訊いたんじや、兄やんは弱い者の味方するじゃろと思て、それが裏目に出たんじゃから。若い衆が、わしら小っさいとき、あそこで乞食のように追われた、と浜村龍造に抗弁するようにつぶやいた。
 若い衆を連れてモンに行くと、ヨシ兄が浮浪者たちと路地跡で火つけて燃やしたので、警察に逮捕され、その身柄を引き受けに、鉄男と秋幸の姉の夫が一緒に警察署に出かけたところだとモンが言う。
 土方の連中の話してはしてくれるな、と秋幸はいい、若い衆を置いてモンを出て、外の公衆電話から、電話を掛けようとして、途中でやめ、モンには戻らず路地跡まで行き、浮浪者たちのテントの中に入り込んで、そこにあった五合瓶の安酒をらっぱ飲みした。
 秋幸は酔った。紀子と自分の間に割って入った子供も夫もまして浜村龍造も理不尽だと思った。苦しかった。いっそのこと浜村龍造に親子だということ忘れて男同士で芸者でもあげて遊ぼうと思いつき、浜村龍造の家のある高台へ行った。
 家に上がり、秋幸は浜村龍造の部屋の外で大声で蠅の糞と言い続け、ドアを手でけり続けた。番頭が持ってきた酒の瓶でドアを殴り付け、瓶が割れ、瓶のかけらで指を切った。その血を拭いもせず、秋幸は酒をラッパ飲みしていると、浜村龍造がドアを開けた。
 バスローブ姿の浜村龍造も防音装着時をとりつけた部屋で酒を飲んでいたのだと秋幸は思った。兄やん、来とったのか、浜村龍造は言い、秋幸が酒を差しだすと、おおきにと言って同じようにラッパ飲みする。
 そこへヨシ兄と鉄男がやって来た。ヨシ兄はエラい目にあった、のう、龍造、シャブの具合はどうじや、と訊く。シャブ、と秋幸が訊くと、栄養剤よ、と言う。三時間は集中して考えられるが、二日間もするとダルいの、と言う。そらから兄、今日はなんない、とヨシ兄に言う。
 ヨシ兄は、鉄男を浜村龍造に百万で買ってくれと頼みにきたのだ。浜村龍造は、秋幸にどうじゃ百万で買うか、と訊く、秋幸はちょっと高いけど、使えなんだら六さんのように山へ放り込んだらええんやじゃさか、と言う。その夜、秋幸はポケットに百万を突っ込んだヨシ兄を警護するようにモンに戻った。
 ヨシ兄の子鉄男は、次の日から若い衆と二人で浜村龍造の番頭を案内にして山を廻った。秋幸は有馬の小屋から現場に入って二人に合流する。昼になって別の現場に行くために国道に戻り、途中で喫茶店に入ろうとして、前から歩いてくる田城に気づいたが、田城は秋幸を見て顔をそらした。
 秋幸が友永のところに顔を出したのは七時を回ってからだった。事務所脇から家に向かおうとすると、女が歩み寄り秋幸の腕をつかんだ。紀子だった。紀子はそのまま秋幸の体にすり寄り、唇を合わせる。家の方から笑い声がしてあわてて紀子が唇を離すと、そうか、そうなっとったのか、面白い、と酔った男がやって来る。斉藤保だった。
 友永の家には、西田と安田の他に斉藤保と台湾生まれでニューヨークに住んでるというチェン、そして紀子が来ていた。紀子は早くから来て料理を作っていたようだ。
 斉藤保は、大学の助手をしていたが、体を壊してこちらに戻ってきていた。エリートの斉藤保だったが、人生での一つの躓きが、彼を鬱屈した気持にさせていた。
 元々、潔癖症だったから、余計、世の中の人間、みにくい澱のようなヘドロのたまったズダ袋のように見えてくる。みんな穢れとるんじゃと思て、と斉藤保は言う。秋幸が、斉藤さんは女嫌いじゃろ、と言うと、好かん、女が化粧するのは自分の穢れを隠すためじゃで、と言う。女になんのを穢れがあるんない、と秋幸が言うと、斉藤は笑い、チェンに何か言うが、チェンが首を振る。俺はどこへ行っても嫌われとる、とつぶやく。西田が、田城だけじゃろ、斉藤さんを神のようにあがめて、御神託を待っとるの、と言う。
 その時、外で女の声がした。秋幸が出てみると、さと子が紀子の腕をつかんでいた。さと子は先生に意見してもらお、と紀子を中に引きずっていこうとしていた。さと子はあんたが体毒持ってしもてるんや、先生に言うて、水の信心しような、秋幸兄ちゃん苦しんどるんや、と紀子に言っている。そこに、斉藤保の声が飛ぶ、どうしたんじゃ、そこでまた、二人でいちゃついとるのか。
 秋幸は腹が立って、さと子の頭を殴り、身を強引に引き剥がした。秋幸は紀子を抱きしめようとしたが、紀子は秋幸の胸をはたき、事務所の横から外に飛び出した。さと子と一緒に来ていたユキが、おとろし女じゃねぇ、とつぶやく。
 紀子は闇夜の中にしゃがみこんでいた。秋幸が近寄ると、立ち上がり、さと子が斉藤になにか言っているのをはっきりと聴きとったように髪を一度振り、笑みを浮かべて秋幸をみつめ、悪口言われるの馴れてるんよ、とつぶやき、明日逢うてくれる、と秋幸に言う。秋幸は、いつでも会いたいばっかしじゃ、と言い紀子を抱きしめると、紀子はおとろしと言い続けているユキに見せるように唇をあわせてきた。
 秋幸さん、今日はそこのオバアチャンと妹さんを連れて帰ったりなぁれよ、と紀子は言い、闇市のなかを通りの方へ歩き角を曲がった。斉藤保が、竹原、子持ち女相手にこれから大変じや、と言い、秋幸は殴ったろか、と思ったが、さと子が、さあ行こ、気分がすっきりした、と言うのを聞き、さと子とユキに歩調を合わせて、そこを後にした。

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