8月12日 | 日航123便(JA8119号機)群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落。 |
8月13日 | 朝、墜落現場特定。上野村消防団が生存者4名を発見。救出活動。ボーイング社から調査員5名、米政府、国家運輸安全委員会から調査員2名派遣される。 |
8月14日 | 現場から連体搬出作業開始。15時55分、中曽根首相と日航側の高木養根(やすもと)社長が首相官邸で面談。 |
8月15日 | 墜落現場から、機体搬出作業。自衛隊が山頂にて後部圧力隔壁をカッターで五分割にする。まだ未調査にもかかわらず、搬出しやすくするためだ、とコメント。中曽根首相戦後初の靖国公式参拝。その後16時20分、東京女子医大に夫人を伴い人間ドック入り。同時刻、ボーイング社、NTSB(注9)の調査団が横浜港に引き上げられた垂直尾翼を詳細に調査検証するため、横浜市金沢区の神奈川県第一機動隊を訪問。 |
8月16日 | 毎日新聞朝刊が「圧力隔壁の修理ミスが事故原因として有力」と報道。9時20分NTSB、米国航空局、ボーイング社の調査団が米軍ヘリに て上野村の墜落現場入り。日米双方合同の初調査が開始された。相模湾、神奈川県などから機体破片31片を回収。ボーイング社が圧力隔壁破壊説を否定。 |
8月17日 | ボイスレコーダーの録音の一部が公表され始める。13時43分中曽根首相、人間ドック退院。その後軽井沢町に移動して軽井沢別荘で静養。同日午後、日米合同調査で、墜落現場で報道陣をシャットアウトして 後部圧力隔壁部分を検証。 |
8月19日 | 日航がコンピュータ解析結果を発表し、河野宏明整備部長が会見。「突風など、何らかの外からの力で垂直尾翼が折れ、それに伴い隔壁に傷がついたとも推測できる」と外的要因を強調した。 |
8月20日 | 運輸省の大島航空局技術部長が「圧力隔壁が事故に重大な絡みがある」と発言。 |
8月23日 | 現場調査を実際に行っていた運輸省の調査官は「隔壁に大穴はなかった」と発言。 |
8月27日 | 事故調査委員会が第一次中間報告を出す。 |
9月 6日 | ニューヨーク・タイムズ紙が、同機がしりもち事故発生後に、ボーイング社による修理ミスがあったというNTSBの見解を報道した。それ以降、日本国内の報道も一斉に修理ミスによる隔壁破壊説に傾く。 |
9月14日 | 事故調査委員会が第二次中間報告を出す。日航の河野宏明整備部長がボーイング社の修理ミスを否定。 |
9月17日 | 事故現場にて、圧力隔壁部分の梱包作業。さらに細かく隔壁を切断する。 |
10月2日 | ボーイング社が修理ミスを認めるような発言をする。 |
10月9日 | 事故調査委具合委員長、八田種三氏(東大名誉教授)が辞任理由は縁者に日航社員関係者がいたためという。後任に武田峻氏(元航空宇宙技術研究所所長)。 |