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遠藤誉『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』

(ビジネス社 2023年7月12日刊)

|序 章|第1章|第2章|第3章|
|第4章|第5章|第6章|終 章|

 2025年1月にアメリカでトランプ政権が誕生し、現在そのトランプ政権のもとで、民主党バイデン政権により進められてきたこれまでの政策の全面的な見直しが行われているところである。
 トランプは、国内政策ばかりでなく、対外政策も大きく転換しようとしているように見える。従って、今後の米中関係がどのようになっていくのか、ますます目が離せない状況となっている。
 そうした中で、あえて習近平政権が何を考え、どう世界へ向き合おうとしているのかを探りたいと思い、本書を採りあげた。しかし、本書では中国の狙いよりもむしろアメリカ民主党を中心としたこれまでの世界一極支配の動向にとりわけ強い印象を受けた。それを踏まえて、現今のトランプ政権の動きをみていくと、著者の言う米一極から多極化へということの意味をあらためて再認識させられたように思える。
 なお、本書の執筆はトランプ政権誕生の前であるから、本書で取り上げている内容、とりわけ世界を巡る情勢などについては現下の状況からみて多少その重要度が変わってしまっているところもあるかもしれないが、その点はあらかじめご承知おき願いたい。
 では、まず著者略歴を以下に紹介する。

 【著者略歴】
 遠藤誉(えんどう・ほまれ)
 中国問題グローバル研究所所長。
 1941年中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した「長春食糧封鎖」を経験し、1953年に日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平三期日の狙いと新チャイナ・セブン』、『ネット大国中国――言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(白井一成との共著)、『習近平父を破滅させたケ小平への復讐』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『もうひとつのジェノサイド長春の惨劇「チャーズ」』、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』など多数。

 では、目次から見てこう。目次は以下のように序章及び第1〜6章と終章からなる。

序 章 世界制覇を巡る米CIAと習近平「兵不血刃」の攻防
第1章 習近平ウクライナ戦争「和平案」は地殻変動のプロローグ
第2章 中国が招いた中東和解外交雪崩が地殻変動を起こす
第3章 「アメリカに追従するな!」――訪中したマクロン仏大統領の爆弾発言
第4章 毛沢東と習近平を魅了した荀子哲理「兵不血刃」
第5章 台湾問題の真相と台湾民意
第6章 台湾有事はCIAが創り出す!
終 章 「アメリカ脳」から脱出しないと日本は戦争に巻き込まれる

 まず序章についてであるが、以下そのまま全文を紹介する。
 

序章 世界覇権を巡る米CIAと習近平「兵不血刃」の攻防

 

米中の力が括抗し始めている

 アメリカにとっては、世界ナンバーワンの地位を中国に渡すわけにはいかない。「これは民主主義陣営と専制主義陣営の闘いだ」と必死だ。何としても中国の経済的・軍事的成長を潰そうともしている。
 言論弾圧をする中国共産党による一党支配体制を崩壊させてくれるのは大変けっこうな話だが、その手段として日本を戦争に巻き込むのは困る。
 またそのようなことに邁進している間に中国が非西側陣営を抱き込んで中露を中心とした世界新秩序を構築したりなどしたら、さらに耐え難い。しかし実は今、習近平は「米一極から多極化へ」と向かう地殻変動を起こそうと狙っているのだ。
 いったい何が起きているのかを解き明かし、どのようにすれば日本人の命が犠牲にならないようにできるのかを考察するのが本書の目的である。
 周知のように中国は2023年2月24日、ウクライナ戦争1周年に当たり、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」という文書(以後、「和平案」)を発表した。第一章で述べるように、まずは当時の王毅外相がモスクワに飛んでプーチン大統領に会ってから発表されたので、その時点でそれが「ロシア寄り」のものであることは明白だった。おまけにプーチンと会った時の王毅は、「こんなビビった顔は見たことがない」というほどオドオドしていたのだから、なおさらだ。
 案の定、「和平案」には「ロシア軍のウクライナからの完全撤退」という類の言葉は入っていなかった。こんなものでウクライナとロシアを停戦のテーブルなどに着かせることができるのか、誰もが訝った。ところが、この「和平案」、その後にとんでもない役割を果たし始めたのである。
 2023年3月10日、習近平が全人代(全国人民代表大会)で国家主席の三選を果たしたその日に、これまで犬猿の仲だったサウジアラビア(以後、サウジ)とイランが和睦したのだ。和睦させたのは中国。北京で中国・サウジ・イランの外相が熱い握手を交わしながら「和解宣言」を行なった。
 すると、まるでドミノ倒しのように、中東和解外交雪崩現象が始まったではないか。それと同時に石油などの米ドルによる取引をやめる国が続々と現れ始め、これもまたドミノ現象を起こしている。
 中東はかつて「アラブの春」と呼ばれるカラー革命によって、それまでの伝統的な政権が次々に倒され、民主化政権が誕生したかに見えたが、すぐさま激しい内紛に見舞われ治安は悪化し、凄惨な混乱の極みを呈してきた。
 このことに嫌気がさした中東諸国は、「和平案」を唱える習近平の周りに集まり始めたのだ。アメリカが成し得なかった中東の和睦を、なぜ習近平ができたのか、そして中東諸国が忌み嫌う「カラー革命」の正体とは何なのかを追い詰めていくうちに、次の二つのことが明白になってきた。
 一つは「カラー革命」を起こさせていたのは全米民主主義基金(National Endowment for Democracy=NED)(以後、NED)であることが分かったことだ。NEDは1983年にアメリカが「他国の民主化を支援する」名目で設立した組織だ。
 NEDのホームページをたどっていくと、驚くべきことに、第二次世界大戦後に世界で起きた戦争や内紛のほとんどは、1983年まではCIAが起こし、1983年以降はNEDが起こしていることを発見したのである。なぜNEDのホームページでそのようなことが分かるかというと、NEDの活動経費はアメリカ政府から出されているので、その会計報告を毎年公開しなければならないからだ。そこからどのような活動にいくら使ったかを執拗に丹念に追かけていって作成したのが第六章にある図表6−8である。
 「このようなデータを公開しているなんて、さすが民主主義の国家だ!」と感心もし、一方では、世界の紛争のほとんどをCIAとNEDが創り上げていたことにも驚愕した。そんなことがあっていいのか、これは本当なのだろうかと、我が目を疑ったほどだ。
 このデータは本邦初公開のものであり、おそらく世界でも、このような時系列的な形でのリストは出たことがないだろうと自負する。
 そこから見えてきたのは、NEDは世界にあまねく広がり、「民主化を支援する」という名目で、どこかの国に自国政府に不満を持つ人々がいると、必ずそこに潜り込んで「不満を持つ人々を支援して」、現存の政府を転覆させるということを40年間くり返してきたということだった。アメリカの言いなりになる政権を創っていくのが目的の一つで、もう一つは戦争ビジネスと結びついていた。
 最も驚いたのは、その時系列を分析すると、「台湾を使って中国政府を倒させようとしているのはNEDだ」ということが見えてきたことだ。
 一方、NEDはその共同創設者の言葉から「第二のCIA」と呼ばれている。その意味では「台湾有事」はCIAが創り出していると言っても過言ではない実態をつかんだ。
 二つ目に明白になったのは、習近平が実は【兵不血刃】という哲学を軸に「和平案」を出していたという点である。
 中国には古くから孫子(紀元前500年ごろ)の兵法や荀子(紀元前300年ごろ)の議兵など、多くの戦略の知恵が蓄えられてきている。中でも習近平は荀子の教えを好み、国内統治にしろ、海外に対する国家戦略にしろ、つねに荀子の言葉を用いることで有名だ。
 序章のタイトルにある【兵不血刃】は「荀子・議兵」の中にある言葉で、「刃に血塗らずして勝つ」という意味だ。孫子兵法の中では「不戦而勝(戦わずして勝つ)」という有名な言葉があるが、習近平が好むのは荀子なので、本書ではこの言葉を選んだ。
 

ウクライナ戦争に対する「和平案」もその戦略の中の一つだった

 ウクライナを侵略したロシアに対して、アメリカを中心とした西側諸国=米陣営は強い制裁を科しているが、それらの国・地域の数はわずか48%に過ぎず、人口比で見ると、人類の約「85%」がロシア制裁に加わっていないことになる。
 そのほとんどは発展途上国や新興国などで、主として南半球に点在しており、これを最近ではグローバルサウスと呼ぶことが多い。
 中国は「発展途上国77+CHINA」を始めとして、新興国で構成される「BRICS+」や、反NATO的色彩を帯びる「上海協力機構(中露+中央アジア諸国+インド)+」などを基盤として、アフリカ53カ国を味方に付け、先述したように最近では中東諸国を引き寄せるという戦略に出ている(この世界マップ相関図は第二章で示した)。
 中東諸国だけでなく、人類の「85%」が「アメリカは相手国政府を転覆させる形で民主化運動を起こさせたりデモを煽ったりするが、中国は相手国の政治体制に関する内政干渉をすることなく、和睦によって経済繁栄をもたらす」という共通認識を持っているようだ。その是非は別として、人類「85%」の多くがそう認識しているのだから仕方がない。
 加えて、アメリカは「制裁外交」を自国の都合で乱用していると人類の「85%」が思っていることもわかった。アメリカの国内法で決めた政策を国際社会が守らなければならないとばかりにアメリカの国内法を他国にも強要して、対ロシア制裁をしない国は「悪の国」扱いをされ、人類をエネルギー危機や食橿危機に陥れている。特に「金融制裁」に至っては、「戦火」を使わないだけの「戦争」であって、これは「実戦」に等しいと、人類の「85%」は気づき警戒し、「脱米」と「脱米ドル」の大きな波を加速化させているのだ。習近平はその「85%」を味方に付けて、「地殻変動」の大きなうねりを「非米陣営」の間で巻き起こしているのである。
 習近平が「和平案」を出したもう一つの狙いは、2024年1月に行われる「中華民国」台湾の総統選において、親中派の国民党に勝利してもらい親中政権を台湾に誕生させることだ。
 「ウクライナ問題でさえ平和裏に解決しようとしているのだから、台湾を武力攻撃するなど、あり得るはずがないだろう」と台湾の選挙民に送ったシグナルであるということもできる。
 実は台湾問題も、【兵不血刃】という言葉も、私にとっては人生の原点と深く関係している。習近平だけでなく、中国建国の父・毛沢東もまた荀子の【兵不血刃】を好んでいた。
 1946年から中国では国民党と共産党による国共内戦が激しくなっていったが、1947年から48年にかけて、私が住んでいた中国吉林省長春市(元「満州国」の国都「新京市」)は中国共産党軍によって食糧封鎖され、長春市内にいた無辜の民は餓死に追いやられ、数十万の餓死者を出した。長春市を守っていた蒋介石率いる国民党軍の中の雲南第六十軍が共産党軍側に寝返って、1948年10月、国民党軍の要塞の一つであった長春市は陥落した。一滴の血を流すこともなく、中国共産党軍は長春の包囲戦に成功し、それをきっかけに一気に南下して全中国を解放してしまったのである(「解放」とは中国人民解放軍が占拠することを指す)。
 この国共内戦で敗退して台湾に逃げたのが、あの国民党だ。私にとっては台湾問題も【兵不血刃】も、人生の原点として位置付けることができる。
 特に、人が人を殺して喰らうのを目の当たりにし、餓死体の上で野宿させられ、恐怖のあまり記憶喪失になった実体験を、私は『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』という本に綴ったが、この「チャーズ」の事実を中国側が中国共産党に有利に描いた映画があり、そのときに使われた言葉が【兵不血刃】だった。
 長春解放によって、中国人民解放軍は一気に南下して(台湾を除く)全中国を一瞬で解放したように、もし私たちが今、習近平のこの国家戦略を直視しなかったら、「気が付けば、中国が世界を制覇していた」という事態を招かないとも限らない。
 それでいいのか?
 あの言論弾圧をする中国が構築する世界新秩序の中で生きていくことでいいのか?
 戦争ビジネスで国家を運営し、「第二のCIA」であるNEDを使って国際世論を誘導して戦争へと導くアメリカのやり方は受け容れられないが、中国が構築する世界新秩序の中で生きていくのも耐え難い。
 【兵不血刃】は「平和を好む」ように見えるかもしれないが、「チャーズ」の経験からも言えるように、実は底なしの恐ろしさを秘めている哲理でもあるのだ。
 同じように「台湾有事」は勇ましい話ではなく、そこで失うのは日本人の命であることを忘れてはならない。何と言っても世界で最多の米軍が日本には駐留しており、米軍基地も日本が世界で最も多い。台湾には駐留米軍はいないし、米軍基地もない。米中の代理戦争に発展した時に、日本人の犠牲者が最大になるにちがいない。
 戦後GHQによって占領され徹底した精神構造解体を行なわれてきた日本人は完全に「アメリカ脳」になってしまった。全世界でここまでの「アメリカ脳化」に成功した例はほかにない。その「アメリカ脳」からは人類「85%」の実態は見えにくいし、受け容れられないかもしれない。しかしこのままだと日本はCIAが起こす戦争に巻き込まれるし、衰退の一途をたどるだろう。これに関しては終章で述べた。
 個人的な思いを挟んではならないが、執筆活動は「魂との闘い」以外の何ものでもない。どんなに中国共産党によって凄惨極まりない目に遭っても、一般の中国人には罪がないと思って、こんにちまで、できる限り客観性を以て執筆を続けてきた。しかしこのたび、本書執筆のラストスパートの段階で、中国人元留学生から耐え難い煮え湯を飲まされた。
 1950年初頭、天津の小学校で中国人から「侵略戦争を起こした国の子、日本人」として激しい虐めを受け、自殺未遂にまで追い込まれたことがある。日本帰国後、大学で教鞭を執る中、1980年以降は、中国人留学生に手を差し伸べることによって、その傷ついた心が少しずつ和らいでいくのを知った。だから自分の家族を犠牲にしてでも中国人留学生のために奉仕してきた。
 これまでも親切にしては裏切られるということをくり返してはきたが、今度こそは堪忍袋の緒が切れた。私は生まれて初めて、心底、中国人が嫌いになってしまったのである。
 その事件による衝撃で心臓麻痺を起こしそうになり、執筆を断念するしかないところに追い込まれた。そのような状況で、見たくない中国の不愉快な現実を書くのは、実に苦しかった。
 それでも原稿完成までやり遂げたのは、日本国を憂う気持ちが心の中で優ったからだ。
 私は日本人だ。日本という国を愛している。何が悪い!その日本が間違った方向に行くのを座視するわけにはいかない。なぜ日本がこうなってしまったのか、どうすれば正しい道を選択できるのかを、読者とともに考えていきたいと願う。
 読者こそが私の力であり、私の支えだ。
 私の魂は読者とともにある。

 なお、本書サブタイトルは「台湾有事を創り出すのはNEDだ!」とすべきなのだが、「第二のCIA= NEDの知名度が低いので、日本人によく知られている「CIA」で代表することとした。

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