戻 る




遠藤誉『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』

(ビジネス社 2023年7月12日刊)

|序 章|第1章|第2章|第3章|
|第4章|第5章|第6章|終 章|

第6章 台湾有事はCIAが創り出す!

 

世界人口の72%が専制主義的な国に住んでいる

 民主主義の国家には「普遍的価値観」というのがあって、一般的に「自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済……」などを兼ね備えた価値観と解釈されている。人類全体から見ると「先進的西側諸国」に根付いている価値観とみなすことができ、たとえば日本には、中国やロシアのような国を「専制主義的」あるいは「全体主義的」で、「自由や民主や平和」を重視しない「後進的な国」だとみなしている人が多いにちがいない。
 こういった専制主義的な国は、「人類の知的レベルの発達度から見たら、野蛮で未発達で文明度が低い」と、民主主義国家は「見下している」かもしれない。そして、先進国が「民度の低い」国々とやや軽蔑的に見ている「専制主義的国家」は、人類のほんの一部分に過ぎず、早いところ発展して先進国が持つ「普遍的価値観」に「追いついてきてほしいものだ」と思っている人も中にはいるだろう。
 ところがスウェーデンのV-DEM(Variaties of Democracy Institute/民主主義多様性研究所)2023年レポートに載っている2022年データによると、世界人口の72%(57億人)が「専制主義的な傾向の強い国」に住んでいるという。
 このパーセンテージは、全人類の内で、ロシアに対して制裁をしていない国の人口の割合である「85%」に近く、習近平が構築しようとしている「米一極化から多極化へ」移行する「世界新秩序」を構成する人口とほぼ重なっている。
 これ以外に、V-DEM 2023年レポートは、2022年の特徴として、以下のようなことを列挙している。
  • 平均的な世界市民の民主度(民主主義のレベル)が、2022年には1986年の民主度に戻った。
  • 多くの地域で民主主義が悪化している。アジア太平洋地域では現在、1978年の民主度にまで下がっている。
  • 2022年には35カ国で言論の自由が悪化している。10年前はわずか7カ国だった。
  • メディアに対する政府の検閲は、過去10年間で47カ国で悪化している。
  • 市民社会組織に対する政府の弾圧は37カ国で悪化している。
 V-DEM 2023年レポートは「2022年は民主度が非常に後退した1年となった」と書いているが、ここで言う「民主度が低い国」は、必ずしも「絶対主義的で独裁的な国家」を指しているのではなく、民主的選挙制度はあっても実際には「専制主義的傾向にある国」を指している。
 たとえばロシアにもインドにも「普通選挙」がある。それを以て民主主義国家と定義するなら、ロシアもインドも民主主義国家のはずだ。しかしロシアは言うに及ばず、インドでさえ、実態は非常に専制主義的で、ユーラシア大陸を北から南に一直線につなぐ「ロシア-中国-インド」という「柱」は、いずれも「専制主義的な国家」の範疇に入るのである。
 日本は「自由で開かれたインド太平洋」という戦略によって対中包囲網の一つを形成しようとしているが、インドを西側先進国の仲間と位置付けるのは非現実的だ。第二章でも述べたように、インドは中露側のBRICS諸国の一員であるだけでなく、反NATO色彩の濃い上海協力機構のメンバー国であるのを忘れてはならない。
 2023年3月20日、岸田首相は、訪問先のインド・ニューデリーにおいて、「インド太平洋の未来~『自由で開かれたインド太平洋』のための日本の新たなプラン~“必要不可欠なパートナーであるインドと共に”」と題する政策スピーチを行ない、自由で開かれたインド太平洋の新たなプランを発表した。
 2022年3月19日にも、岸田首相はインドを訪問してモディ首相と会談した。本来の主たる目的は、ウクライナに軍事侵攻したロシアの横暴に対する非難と日米豪印(クワッド)の枠組みによる対中包囲網の強化のためだったはずだ。
 しかし3月19日に発表された「日印首脳共同声明」では、ロシアの「ロ」の字も出てこないし、共同記者会見でもモディ首相は「ロシア」という言葉を口にしなかった。
 日米豪印の枠組みに関しても共同声明では「日米豪印の前向きで建設的なアジェンダ、特に新型コロナワクチン、重要・新興技術、気候変動分野における取組、インフラ協調、サイバーセキュリティ、宇宙及び教育においで具体的な成果を挙げることへのコミットメントを新たにした」という当たり障りのない文言があるだけで、対中包囲網的な意味合いはまったくない。
 もともと、「自由で開かれたインド太平洋」という言葉は、「自由で開かれたインド太平洋戦略」であったものを、「戦略」を「構想」に置き換えて「自由で開かれたインド太平洋構想」に改め、ついには「構想」の文字まで削除して「自由で開かれたインド太平洋」という単なる「地域名」にまで格下げしたのは、習近平の顔色を窺ったためだという経緯がある。
 そのような経緯の腰の引けたフレーズを共通概念として、「日米豪印枠組み」と言ったところで、中国には痛くも痒くもないだろう。
 3月19日、ニューデリー共同は「日印首脳、声明で戦闘停止要求 岸田首相、5兆円投資表明」という見出しで、岸田首相が「日本が今後5年間で官民合わせて5兆円をインドに投資する目標を掲げる」と表明したと報じた。今どき、ここまであからさまに「金で心を買う」行動があるのかと唖然としてしまうが、金でインドの心は買えない。
 インドはブラジルとともに、グローバルサウスを代表する国だ。
 グローバルサウスは今、なぜこんなにまでアメリカ的西側先進諸国を嫌い、「民主度が低い」とされる中露を中心に結集しようとしているのだろうか?
 それは第二章における中東和解雪崩現象でも述べたように、人類の「85%」はもう、アメリカの一極支配がもたらす弊害とともに、アメリカが「民主」の名を掲げながら、全世界にばら撒いてきた「戦争」と、そこに持って行くための「カラー革命」がもたらした紛争と混乱に嫌気がさしたからだ。
 日本を含めた(フランスなどを除く)西側先進諸国には見えていない「世界の平和を破壊する民主主義国家と普遍的価値観」の実態を、残りの人類の「85%」は痛感している。
 中でも「民主主義の砦」とも言われている(いた?)アメリカが、これまでどのようなことをやってきたのかを、V-DEMのパラメータにも関係してくる「戦争」に照準を当てて考察してみたいと思う。
 

戦後アメリカが「民主を掲げて」仕掛けてきた戦争の実態

 図表6-2に示したのは、朝鮮戦争以降にアメリカが起こした戦争のいくつかを拾い上げたものである。






 第二次世界大戦後、朝鮮戦争を別として、アメリカのほうから積極的に介入して大規模化させた戦争は数知れない。犠牲者は合計で何千万という数に上り、死者は子供や女性、高齢者などの一般庶民を含めて図表6-2の「1」にあるベトナム戦争だけでも800万人以上に上るので、全体を合計すれば、1千万人以上の数に至るのかもしれない。
 兵士だけでなく、無辜の民の命を「戦争ビジネスの回転」のために奪っているとも言えよう。それも、たとえばベトナム戦争における枯葉作戦などは多くの奇形児を何世代にもわたって生み、ナパーム弾やクラスター爆弾などを含めて、その非人道性、残虐性は目を覆うばかりだ。
 アメリカは1961年からベトナム内戦に介入を始めていたが、1964年にアメリカは「トンキン湾事件」を捏造して内戦を大規模化し、ベトナム内戦を米ソ対立の大戦場へと拡大化させていった。全世界で「ベトナム戦争反対」の声が高まり、その世界的非難を回避するためにも、第五章で述べたキッシンジャーの忍者外交から始まる米中国交正常化への道が模索されたわけだ。
 図表6-2の「3」にあるラオス内戦では、アメリカ軍による空爆は58万回にも及び、ラオス人1人当たり1トンの爆弾を受けたというほど、爆撃しまくった。人類史上最多の爆撃回数と爆弾量だ。
 戦争ビジネスで成り立っているアメリカは、砲弾を絶え間なく大量に消耗していかないと、国家財政が成り立っていかない。空の上には人間がいることなど考えもせずに、絨毯爆撃をくり返してきた。
 これほど恐ろしい事実はない。
 第五章で述べたキッシンジャーの忍者外交とニクソンによる米中国交正常化への動きと、その後の「中華民国」台湾との国交断絶も、実は武器商人であるアメリカの思惑と深く関係している。
 このラオス内戦は、今では「ベトナム戦争」の陰に隠れたCIAが仕掛けた「秘密作戦」として知られているが、CIAが仕掛けた「秘密作戦」以上に恐ろしいのは、これを西側諸国の大手メディアは「公開してはならないこと」のように扱い、「アメリカの顔色をうかがってきた」という事実である。
 こういった対応が孕んでいる「次の戦争を生むリスク」に関しては本書の終章で考察するが、結局、それは「台湾有事」であり、死ぬのは日本人だ、と著者は言う。
 さて、図表6-2の「10」のパナマ侵攻では、アメリカが「パナマに民主主義が建設されるまでは制裁を続ける」としているのも、注目点の一つだ。
 「11」にある「湾岸戦争」では、
 「アメリカ政府は中東での戦争をきっかけに新世界秩序(New World Order=NWO)構築を掲げた」
 というのも、本書のテーマである、
 「習近平が、アメリカによる一極支配から多極化に移行して世界新秩序体制を構築する」という戦略と対を成していて、非常に興味深い。
 これらを一つ一つ説明していくわけにはいかないが、全体を通しての特徴は、アメリカには「共産圏をこの世から駆逐する」という大義名分はあるものの、そのほとんどの手段は「内戦」や「内紛」、あるいは当該国の政権への「反対勢力」や「抵抗勢力」があった時に、「政権を転覆させる勢力」に加担して政権転覆を謀るというのが非常に顕著に表れていることだ。
 ほかに「おやっ?」と思うのは、2014年以降に戦争がないということである。
 これは2016年にドナルド・トランプが大統領に当選し、「アメリカ・ファースト」を唱え始めたからだ。トランプ元大統領は「NATOは要らない」とさえ豪語した。それに合わせてフランスのマクロン大統領も「NATOは脳死している」と言っている。次節で述べるNEDに関しても、トランプは興味を持っていなかった。ネオコン(アメリカの新保守派=ネオコンサバティブ)ではないからだ。ネオコンは1970年以降にアメリカ民主党のリベラルタカ派から独自に発展したもので、「民主を輸出する」ことを名目に他国に干渉し戦争を惹起させる。
 トランプはむしろ、北朝鮮の金正恩と仲良くして、朝鮮戦争以来の朝鮮半島問題を劇的に改善しようとした。キッシンジャーと同じように、ノーベル平和賞が欲しかったのだ。だから安倍元首相にもノーベル平和賞へのノミネートを依頼していた。
 それを阻止したのは当時のボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官だ。北朝鮮に平和が訪れたら困るのである。戦争ビジネスが成り立たなくなっていくからだ。こうしてアメリカが初めて見せた和解外交は、バイデン大統領によって表で消えた。二人ともネオコン系列だ。
 それでは、アメリカはこれまで何をやってきたのか、そしてバイデン政権は何をやっているのかを、次節で詳細に考察したい。
 

戦後アメリカが仕掛けてきたカラー革命と「第二のCIA- NED」の実態

 図表6-2で示した、戦後アメリカが起こしてきた多くの戦争は、基本的にCIAなどの諜報機関が秘密裏に潜伏して実行していた。なぜ秘密裏かというと、他の国の政党に米政府の資金を投入してはならないという法律があるからだ。しかし、CIAによる秘密手段のみに頼って他国に内政干渉するのには限界を感じて、1983年に当時のレーガン大統領の下で、ネオコン主導で超党派および民間非営利団体であるとする全米民主主義基金(National Endowment for Democracy:NED以降NED)を設立した。名目は「他国の民主主義を支援する」非政府組織だが、実際はホワイトハウスと米議会の継続的な国家財政支援に依存しており、米政府の命令に従って、世界中の多くのNGOを操作および支援して、アメリカ的価値観を「標的国・地域」に輸出し、「標的国・地域」における政府転覆や民主化運動の浸透を実行してきた。
 他国の野党に政府が直接投資して政府転覆をするのではなく、NEDという(表面上の)「非政府組織」が他国の「市民団体など」に投資して政府転覆を目指すための抗議デモなどを実行させるという手段に出ることにしたわけだ。こうすればアメリカの法には触れない。
 NEDの支援を受けて新しく誕生した他国の新政権は、当然「親米」となる。こうして親米諸国をできるだけ世界中に増やして世界をアメリカの言いなりにさせると同時に、紛争や戦争が起きるので武器を必要とし、アメリカの戦争ビジネスが儲かるという仕組みなのである。
 これまでCIAが担ってきた役割を、NEDに肩代わりさせて「民主を輸出」し、「民主の武器化」を始めたのだ。
 NEDの共同創設者であるアレン・ワインスタインは、1991年にワシントンポストのインタビューを受けて、「私たちが現在行なっていることの多くは、CIAが25年前から秘密裏に行なってきたことです」と率直に述べた。したがって、NEDは「第二のCIA」と国際的には呼ばれている。アレン・ワインスタインの発言が真実である証拠に、図表6-3を示す。



 NEDは、旧ソ連の崩壊、ジョージアの「バラ革命」、ウクライナの「オレンジ革命」、「アラブの春」など、一連の「カラー革命」を先導してきた。国際社会で名が通っている主なカラー革命を列挙すると、図表6-4のようになる。

 

図表6-4「第二のCIA」NEDが起こしてきたカラー革命

日付     名前  対象国・地域  
1986年2月黄色革命フィリピン
988年12月ココナッツ革命パプアニュ-ギニア
1989年11月ビロード革命チェコスロバキア
2000年10月ブルドーザー革命セルビア
2003年11月バラ革命ジョージア
2004年2月第二のバラ革命アジャリア(ジョージア)
2004年10月タンジェリン革命ブハジア(ジョージア)
2004年11月オレンジ革命ウクライナ
2005年1月紫の革命イラク
2005年2月チューリップ革命キルギスタン
2005年2月杉の革命レバノン
2005年3月青い革命クウェート
2006年3月ジーンズ革命ベラルーシ
2007年8月サフラン革命ミャンマー
2007年11月ブルシ運動マレーシア
2009年4月モルドバ暴動モルドバ
2009年6月緑の運動イラン
2010年4月メロン革命キルギスタン
2010年12月ジャスミン革命チュニジア
2011年1月エジプト革命エジプト
2011年1月イエメン騒乱イエメン
2011年2月バーレーン騒乱バーレーン
2011年2月中国ジャスミン革命中国大陸・香港・マカオ・台湾
2011年11月雪の革命南オセチア(ジョージア)
2011年12月雪の革命ロシア
2014年2月マイダン革命ウクライナ
2014年3月ひまわり革命台湾
2014年9月香港雨傘革命香港
2016年4月カラフル革命マケドニア
2018年3月ビロード革命 アルメニア
2018年11月黄色いベスト運動フランス
2019年10月10月革命レバノン
2019年10月2019年ボリビア抗議 ボリビア
2020年5月ベラルーシ反政府デモベラルーシ
2020年10月キルギス反政府運動キルギスタン
2022年1月カザフスタン反政府デモカザフスタン
(著者作成)
 ここでは、特に中国、とりわけ台湾・香港に注目していきたい。
 まず2011年2月の「中国ジャスミン革命」は、2011年2月20日(日)北京時間午後3時に、中国本土の主要都市(北京、上海、天津、南寧、成都、ハルビン、藩陽、ウルムチ、広州など)の繁華街や広場で、インターネットを通して始まった民主化連動だ。マカオ、香港、台湾をはじめ、アメリカのニューヨークでも同時に発生した。
 「ジャスミン」という名前は同時期にチュニジアの「ジャスミン革命」が起き、いわゆる「アラブの春」が連鎖反応的に続いていたので、その名にちなんで「中国ジャスミン革命」と呼ばれている。
 興味深いのは、「中国ジャスミン革命」が全国一斉に同時多発的に起きたということで、この発生形態は、2022年11月26日から28日に掛けて、中国各地でほぼ同時に起きた反ゼロコロナ抗議デモ、いわゆる「白紙革命」とそっくりであることだ。
 日本のメディアでは、「白紙革命」は若者たちが「自発的に起こしたものだ」として高く評価する傾向にあるが、もし「自発的に起きた」のなら、なぜ「白紙を掲げる」という形式までが全国一斉に一致し、しかも、またもやニューヨークでも同じ形式の「白紙デモ」が起きたのか。
 そこで叫ぶシュプレヒコールまで同じだ。
 誰が考えても、「中国ジャスミン革命」の時と同じように、ネットで通知し合い、白い紙を掲げましょうと約束し合ってこそ、全国一斉に同時多発的に同じ現象が起き得る。
 そこで「白紙革命」の背後に何があるのか、とことん追いかけて突き止めたところ、そこにはやはりNEDがいたのである。
 背後で動いていたDAO(Decentralized Autonomous Organization、分散型自律組織)の組織名は、「全国解封戦時総指揮中心」(全国封鎖解除戦時総指揮センター)で、その正体は香港を通してニューヨークで活躍しているNEDと香港を結んでいる拠点だった。
 この大もとはWhite Paper Citizen DAOで、英語で書かれている。White Paperは文字通り「白紙」で、White Paper Citizenは「白紙公民」と中国語に訳されている。そのウェブサイトには「使命」や「基本原則」などが書いてあり、そこには「白い紙を掲げること」などが要求されている。
 デモが発生した場所も、発生前にDAOの宣伝部が指示していた都市名と一致している。
 「ウルムチ」地区のリンク先には「乱民党が台湾を武装統一する」と書いてある。そこには私の古い友人でNEDと関係している人物の写真が貼り付けてあった。
 総指揮センターの中の「宣伝部」を見ると、もっと不思議な現象にぶつかってしまった。そこには呼びかけ人の具体名としてnyuhksagというのがあったのだ。これはHong Kong Student Adovocacy Group(hksag)-NYU(New York University)という意味だ。Hong Kong Student Adovocacy Group(香港の学生を支援するグループ)は2019年に「ニューヨーク大学の学生が香港の学生たちを支援して、民主や人権など政治問題に関して香港に影響をもたらすために設立した組織」である。
 これこそは、香港の学生デモを支援する民主化運動の中心地で、実はニューヨーク大学で国際関係の業務を担っていたクリストファー・ウォーカーは今NEDの副会長を務めている。
 そして香港の雨傘運動(オキュパイ・セントラル運動)などの「神」にも近いリーダーであった李柱銘(マーチン・リー)は古くからNEDと深く関わっており、陳方安生(アンソン・チャン、香港政府の元政務司司長)とともに雨傘運動があった2014年の4月2日にワシントンで開催されたNEDとのトークに出演している。(下記写真)トークのタイトルはWhy Democracy in Hong Kong Matters(なぜ香港の民主主義が重要なのか?)だった。NED側のアンカーを務めたのはNED地域理事長ルイサ・グレーブだ。



左から李柱銘、陳方安生、NED地域理事長ルイサ・グレーブ

 香港側の二人は、NEDにオキュパイ・セントラル運動の性格、狙いや要求などを説明している。李柱銘は「中国本土を、もともと香港にあった欧米流の機構や法律あるいは権益で染めることが香港の役割だ」と強調している。
 この動画をスクープしたのは、Land Destroyer(中国大陸破壊者)というウェブサイトのトニー・カルタルッチ(Tony Cartalucci)で、公開された日時は2014年10月5日である。
 これにより図表6-4にある、2014年9月における香港の雨傘革命も、背後にはNEDがいたことが明確になった。
 一方、NEDが中国に関して「民主と独立」を支援しているのは香港だけでなく、「台湾、ウイグル、チベット」を含めた4地区の「民主と独立」だ。
 香港や台湾にいつからNEDが浸透し始めたのかに関しては、図表6-4の2014年3月にある台湾での「ひまわり革命」とともに詳細に考察したい。
 

「台湾有事」を創り出すのはCIAだ!

 まずすでに公けになっており、広く報道されていることから書こう。
 NEDは2003年に、台湾に財団法人「台湾民主基金会」を設立させている。
 NEDとこの基金会の関係に関して、台湾はこれまで「中華民国(台湾)外交部が提案して設立した」ということ以外、その詳細な経緯や真相をなかなか明確にはしてこなかったのだが、2022年3月27日にNEDのデイモン・ウィルソン(Damon Wilson)会長率いる一行が台湾を訪れた時に非常に明確になった。ウィルソンは台湾滞在期間中、蔡英文総統、行政院の蘇貞昌院長(=首相)、立法院の游錫埜院長(=国会議長)を表敬訪問したほか、外交部の部長主催の宴会に出席したり、市民団体との交流を深めたりした。
 こういった流れの中で台湾外交部は3月28日早朝に以下のようなニュースリリースを発表したと、TAIWAN TODAYが伝えた。
 
 NEDはこれまでも頻繁にわが国の政府と交流を持ち、わが国の民主主義の進展を見守ってきた。NEDの積極的な働きかけもあり、わが国では2003年に「台湾民主基金合」が設立された。
 双方はさまぎまなプロジェクトの推進で協カし、インド太平洋地域における民主主義や人権の普及に努めている。ウィルソン氏にとっては、2021年7月の会長就任以降、初めてのアジア訪問となる。その最初の立ち寄り先に台湾が選ばれたことは、NEDの台湾重視の姿勢を示すものだ。
 ウィルソン会長は訪台期間中に記者会見を開き、NEDが「台湾民主基金会」等の市民団体と協カし、今年10月24日から27日まで、台北市(台湾北部)で「World Mmovement for Democracy(世界民主運動)」世界界大会を開催すること宣言する。同大会が台湾で開催されるのは初めてのこと。これは、台湾の民主主義の成果が国際社会に広く認められたことを意味するだけでなく、今年1月の「民主主義サミット(Summit for Democracy」で台湾が提示したコミットメント(各国政府が自国内、そして国外での民主主義推進に向けて実行する事柄)の一つを実現することでもある。外交部はこれを心より歓迎する。
 
 ここまで明確なメッセージは滅多に見られない。
 つまり、「第二のCIA」NEDは2003年(のはるか)前から台湾に潜り込み、2003年についに正式にNEDのカウンターパートとして台湾に「NED台湾版」であるところの「台湾民主基金会」を設立するに至ったということになる。
 設立趣意書には「世界中に民主主義を促進することを目的とする」とある。NEDの設立趣意の柱と完全に一致している。
 これはすなわち、「台湾の民意や政治をコントロールするのはアメリカCIAである」ことを意味する。
 このような中で2014年3月18日に「ひまわり革命」(ひまわり学生運動)が起きた。学生と市民らが立法院(日本の国会に当たる)を占拠した学生達動から始まったものだ。
 3月17日、立法院では中台間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」の批准に向けた審議を行なっていたが、与野党が携帯式スピーカーを持ち込んで、100デシベル程の「騒がしい言い合い」になり、時間切れを理由に一方的に審議を打ち切ったため、反発が広がった。
 当時は中国大陸への経済依存が進行した香港で中国大陸からの圧力が高まり、台湾では「今日の香港は、明日の台湾」といったスローガンが叫ばれた。
 というのも、2016年までは親中の国民党の馬英九が「中華民国」台湾の総統をしており、馬英九は「平和裏に台湾統一へ移行」しそうな雰囲気を出していたし、「九二コンセンサス」にも賛同を表明していた。ひょっとしたら馬英九と習近平の対面会談が実現するかもしれないという中台蜜月が動いていた。
 アメリカとしては何としてもそれを防ぎたかったものと判断される。
 平和統一などされたら、中国の繁栄が保障され、中国経済がアメリカを抜いてしまう。おまけに世界最大の半導体受託企業であるTSMCなど、巨大な最先端の半導体産業群が台湾にはある。これを中国大陸に渡すわけにはいかないとアメリカは考えただろう。それに、中国が台湾の半導体産業を大陸の中に組み込んでしまったら、中国が圧倒的な世界一の国家として輝くことは目に見えている。それだけは何としても食い止めなければならない。
 2010年には中国のGDPが日本を抜き、世界第二位に躍り出てしまった。アメリカのGDPに近づきつつある。このまま放っておけば、GDP増加率から見て、中国はやがてアメリカを追い抜くかもしれない。しかも最先端のハイテクを中国大陸が自分のものにしてしまえば、アメリカの権威は一気に地に落ちるだろう。
 そんなことがあっていいはずがないと、アメリカは危機感をつのらせたにちがいない。
 どんなことがあってもそれを食い止めるために、「第二のCIA」NEDが動き始めたのだ。
 その証拠にひまわり学生運動が終わると、その指導者たち(以下代表団)はアメリカに招待され、アメリカに「一つの中国」政策を中国にやめさせるようにしてほしいと訴えている。2014年8月23日にTAIPEI TIMES(台北時報)が伝えている。
 訪米した代表団は、ひまわり学生運動を起こした学生が多く、米議会議員のメンバーや国務省当局者などとも会談している。代表団の一人である国立台湾大学政治学の学生は、今回の学生運動に参加した若者たちは、中国の「一つの中国」政策を受け入れることができないと考えており、「馬英九総統が中国の習近平国家主席と会談した場合、ひまわり運動は躊躇せずに何らかの形の政治的抗議行動を取るつもりだ」と語っているとのこと。
 これはすなわち、「第二のCIA」NEDが、台湾の若者の「民主に憧れを持ちそうな心」を操作して、中国が「台湾平和統一」できないように背後でうごめいていたと言うしかないだろう。もちろんどの国にも民主に憧れる若者はいる。NEDはそれを利用し操るということだ。
 興味深いことに、2014年3月26日の台湾メディア「自由時報」電子版は「ひまわり革命」とウクライナの「マイダン革命」との類似性を比較している。
 それによれば、3月24日のアメリカの「ビジネスウィーク」は、「ひまわり革命によって非常に困難な政権運営に追い込まれた馬英九は、親ロシアの元ウクライナ大統領ヤヌコーヴィチが欧州連合との貿易協定に署名することを拒否し、その結果、ウクライナの人々を街にくり出させる結果を招き、激しい暴力行為が展開されたのと似ている」と書いていると報道している。
 この「ウクライナの人々を街頭にくり出させた」のは「第二のCIA」NEDであり、当時のバイデン副大統領とヌーランド国務次官補であったことは第一章で写真を付けて解説した通りだ。それだけではない。図表6-4の2004年11月にウクライナで起きたオレンジ革命も、親露派のヤヌコーヴィチが大統領に当選したのに対して、それを転覆させるためNEDが動いていた。
 これだけでは信じられない読者の方々もおられるかもしれない。そこで、カラー革命という名称で呼ばれてはいなくても、NEDがどのように活躍してきたかを、NED情報に基づいて列挙したいと思う。
 先述したように、NEDの経費は国家財政を使用しているため、その使途に関して明示しなければならない仕組みになっている。したがってNEDのホームページには毎年会計報告が掲されている。過去3年をまとめて、一定期間が過ぎると削除されてしまうが、世界のあちこちの政府やシンクタンクなどのデータバンクに、過去のデータが保存されている場合もある。
 本稿執筆時点(2023年4月~5月)でNED自身のホームページに記載されているものとしては、たとえば2022年に公開された中国大陸におけるNEDの活動に関するインターネット情報に、「MAINLAND CHINA 2021(中国大陸2021)という形で会計報告が載っている。
 それは香港やチベット、新疆ウイグル自治区などに関しても個別に掲載されており、全世界の「NED標的国・地域」のデータを拾い上げるのは、目が回るような作業だ。それでも何としても真相を見極めたいという強烈な追究心からまとめたのが、図表6-8に示した「第二のCIA」 NEDの活動一覧表である。









 これらはすべて、NEDのホームページから拾い集めた情報である。ただし、会計報告に掲載されていないイベントなどもあるので、それらは特定の予算からさかのぼって、個々別々に何が起きていたかを調べるしかなかった。
 また「中華民国」総統領府から見つけた情報を基にNEDホームページにたどり着けたものもあるし、2021年のキューバにおける反政府デモに関してもキューバ・ニュース@ブログで見つけた情報(非常に詳しくNEDの特定人物名まで載っている情報など)からさかのぼってNEDホームページで再確認したという種類の情報のたどり方もある。
 このリストを作成してみて、われながら驚き、茫然としてしまった。
 まさか、ここまで多いとは思ってもみなかったからだ。
 おまけに、これは手作業で集めた結果に過ぎないので、拾い切れなかったデータもきっと数多くあるにちがいない。その意味では不完全統計だ。それでもここまで頻発していたとは……。
 こんなことでいいのだろうか?
 この解釈に戸惑う。読者の皆様は、どう思われるだろうか?
 これをどう解釈すればいいのかを、できれば一緒に考えていただきたいし、また、このようなものをリストアップしてみようという視点を持った人は、過去にはおられなかったかもしれないので、この執念の成果を、より多くの日本人と共有したいとも思っている、と著者は言う。
 少なくとも、図表6-2と図表6-8を両方あわせて眺めていただくと、いかにアメリカが第二次世界大戦後、ひたすら世界中を引っ掻き回して戦争を起こし続け、あらゆる内部紛争を見逃さずに内政干渉しては標的国・地域の政府を転覆させ、そのあとにさらなる混乱と終わりなき紛争を撒き散らしてきたかが見えてくるのではないだろうか?
 第二章で述べたように、中東が脱米化して「中露+グローバルサウス」側に付き、習近平による地殻変動を起こす結果を招いたのも、西側陣営を除いた「人類の85%」がこの二つの図表に示した事実を認識しているからかもしれない。「アメリカ脳化」された日本人の多くには、この事実は見えていない。
 図表6-8に関して詳細に考察する前に、まず図表6-4で触れた2004年のウクライナのオレンジ革命に関して、なぜ背後にNEDがいたと言えるかをご説明したい。NEDの会計報告を見たところ、図表6-8の「23」にあるようにNEDがオレンジ革命を起こさせるために6500万ドルを選挙結果への抗議者に提供した記録を見つけたからである。選挙で当選した親露派のヤヌコーヴィチ大統領を下野させて親米派の大統領を就任させたが、2010年で再び親露派のヤヌコーヴィチが大統領に当選した。それが気に入らないので、2014年にNEDが再び介入してマイダン革命を起こし親米政権を誕生させたのである。
 それでは本書のテーマの一つである台湾に焦点を絞るため、図表6-8の「6」と「9」に注目して香港におけるNEDの浸透ぶりから見ていこう。
 「6」に示したように、NEDは1994年から香港に潜入し始め、デモ活動を支援するようになった。しかも1994年から2018年までに香港の民主化デモを支援するために提供した資金は、なんと、約1000万ドル以上だ。これはNEDのホームページに載っている毎年の会計報告を合計して出てきた金額である。
 「9」には1997年以降に発表された18本のレポートが、香港の「民主化」に影響を与えようと試みたことが書いてある。台湾よりも1年前の2002年に香港にNEDの下部組織である全米民主国際研究所(NDI)の香港事務所を設立し、2003年に盛り上がった「香港基本法第23粂」に反対するデモを支援した。こうして先述の2014年のオキュパイ・セントラル(占領中環)デモに至るまで資金を提供し続けているのである。その後も反政府デモを支援するための資金提供は続き、2020年にはNEDの香港に関するプロジェクトが11件もあり、2020年だけで金額は200万ドルに及ぶ。
 2022年6月に、習近平政権が強引に香港国安法(正確には中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法)を成立させたのは、香港民主化デモの背後には、中国政府を転覆させようとするNEDの動きがあるのを知っていたからにちがいない。
 それが台湾に飛び火していくのを食い止めたかったのではないだろうか。
 先述の2022年3月に台湾を訪問したNEDのウィルソン会長が言った言葉から、「台湾民主基金会」が2003年に設立される以前から、台湾とNEDが深い関係を持っていたことが分かったので、いったいいつから関係を持ち始めたのかを、何としても突き止めたいと思い、執念で探しまくった。
 すると、なんと中華民国総統府のホームページに、その証拠写真と証拠記事がしっかり掲載されていることを、ついにつかんだのである。
 2019年12月10日に第14回アジア民主・人権賞授賞式が台湾で開催され、その式典で蔡英文総統がNEDの当時のカール・ガーシュマン会長(会長任期‥1984~2021年)に民主主義・人権賞を受賞する様子が鮮明に掲載されている。そこには動画もあるので、確認なさりたい方はhttps://www.president.gov.tw/News/25106/ にアクセスなさると、ご覧になることができる。その頁の右下にはここに掲載した写真もある。ネットを扱わない読者のために、念のために以下に掲載する。



 これ以上決定的な写真はほかにないと言っても過言ではないほど、NEDと台湾の民進党、あるいは民主運動は深く結びついていたことが明らかとなった。
 総続府のホームページには、この式典での挨拶でガーシュマンが「25年前に初めて台湾を訪問した時、私は台湾に民主主義を促進するためにNEDの国家コミュニティに参加するように勧めた。25年後の今日、台湾はすでに豊かで安定した自由民主主義の模範的な成功例となった。特に総統が台湾初の民主的に選出された女性国家元首になっている」と蔡英文を褒め称えたと書いてある。
 そこで念には念を入れてNEDのホームページを探してみたところ、そこにはガーシュマンのスピーチの全文が載っていた。長いので要約すると、以下のようになる。
  • 私は25年前に初めて台湾を訪れ、NEDのような組織を通じて民主主義を育んでいる国々のコミュニティに台湾も参加するよう奨励した。しかし当時の台湾にはまだ十分な素地ができていなかった。
  • しかしこの訪問は、NEDが台湾の国家政策研究所と組織した第三波民主主義の統合に関する主要な国際会議につながった。1995年8月末に、台湾の新聞局局長・胡志強が発案して、NEDとともに大規模な民、民主主義国際会議を開催することに成功した。会議には『第三の波』の著者であるサミユエル・ハンティントンを含むせ界をリードする民主主義の学者や実務家60人が一堂に会し、実に記念すべきイベントとなった。これこそがやがて台湾に「台湾民主基金会」を設立する素地となった。
  • 今やロシアや中国のような権威主義国は、より攻撃的で民主主義の脅威になっている。中国での動向は最も憂慮すべきものだ。中国が経済的に強くなるにつれて、より抑圧的で好戦的になり、人民を制御するために邪悪な監視国家を構築している。チベット人、ウィグル人、その他の少数民族に対して文化的大量虐殺を行なったり、南シナ海や近隣諸国を軍事的に脅かしたりしている。一帯一路構想とシャープパワー(対象国の政治システムに影響を与え、弱体化させるための外交政策)の情報と宣伝ツールを使って、世界中の国々に浸透している。
  • 台湾ほど大きな脅威と圧力に直面している国はない。台湾を対象とした絶え間ない軍事演習と、台湾を国際的に孤立させるための外交努カを中国は惜しまない。シャープパワーを使って台湾を政治的に弱体化させ、経済的圧力をかけて台湾を吸収し征服しようとしている。
  • しかし、このような虐めと台湾の政府転覆の試みはすべて、失敗に終わっている。蔡総統が建国記念日の演説で述べたように、台湾の、国家としての誇りとアイデンティティはますます強固になっている。台湾が自らを守るために取らなければならない多くの軍事的、外交的、経済的、およびその他の措置がある。しかし、強力で統一された包括的な民主主義であり続けること以上に重要なことはない。
  • 習近平が最も恐れているのは民主主義であり、コロンビア大学の学者アンディ・ネイサンが「治せない先天性欠損症」と呼んだように、独裁体制が政治的正当性を欠いていることに共産党中国が苦しんでいることを十分に認識しているからだ。
  • 中国の独裁政権としての台頭と、それが現在東アジアおよび周辺諸国にもたらす脅威は、台湾で成功裏に確立された民主主義制度には勝てない。台湾の成功例は民主主義を信じる世界中の人々を鼓舞している。それはより良い未来へのビジョン、中国国民の想像力を再び捉えるかもしれない別の種類の夢(=中国が民主化するかもしれないという夢)を提供する。台湾の犠牲と献身のおかげで、その日が必ず来ると私は信じている。(スピーチ概要は以上)
 かくして台湾の民主化運動の芽は1994年から植え付けられ、こんにちの独立志向を鼓舞する意識へとつながったということができる。
 こういった活動を含めて、NEDの活動を丹念に拾い上げて作成したのが図表6-8だ。一項目ずつに一冊の本を書かなければならないほどの物語が詰まっているが、いずれにせよ、NEDが世界中で民主化運動を支援しては、既存の政府を転覆させようとしてきたことだけは確かだと言っていいだろう。そして今や台湾を独立志向へと持って行くべく全力を投入していることも窺える。それが「台湾有事」へと中国大陸を誘う強力な手段となる。
 くり返しになるが、2022年3月27日から30日にかけて、NEDのウィルソン会長が台湾を訪問し、「台湾民主基金会」と協力して、2022年10月25日に台北で「世界民主運動」の世界大会を開催し、「台湾独立運動」にエールを送った。蔡英文総統も出席して、そのlカ月後の11月26日に行なわれる統一地方選挙に向けて、民意が民進党に向かうように力を入れたのだが、この選挙で民進党が惨敗し、蔡英文は民進党党首を辞任している。
 先述した反ゼロコロナ「白紙運動」デモはその直後から起き始めたことに、お気づきだろうか?もし民進党が勝っていたら、あのようなデモは起きなかったかもしれない。国民党に有利だという結果は11月10日の民意調査ですでに出されていた。
 このように台湾問題に関して動いているNEDは、どんなに小さなチャンスでも見逃さず、中国国内のほんの一部分でも操るチャンスがあれば、必ずそこに潜入して、政府転覆を試みようとしていることが見えてくる。しかし、NEDがいるということは、そこにCIAがいるのだということを忘れてはいけない。
 それでも2022年11月26日の統一地方選挙で民進党が勝てなかったのは、第五章の台湾の民意調査の箇所でも述べたように、ウクライナ戦争があるからだ。地方選挙は国家の方向性を選択する選挙ではなかったにせよ、いざ台湾で戦争になっても、アメリカは武器は売り込むが、一兵卒たりとも台湾の戦場で戦ってはくれないことをウクライナ戦争でいやというほど見せつけられている。だから共産中国に統一されるのは嫌だけれども、かといってアメリカ依存の強い民進党に疑問を抱く台湾人が多かったということでもある。
 ところで、2023年4月15日、アフリカ北東部スーダンの首都ハルツームで、国の実権をめぐり争う国軍と準軍事組織「迅速支援部隊(RSF)」の戦闘が始まった。スーダンにいる外国人は緊急に母国に帰国するなどの避難を開始し、世界の目がスーダンに集中した。
 相当にさかのぼるが、図表6-8の「3」にあるように、スーダンにおいてもNEDは1989年から活躍している。この事実は2020年7月23日のNEDのウェブサイトに記載されている。なぜ2020年のウェブサイトに書いであるかというと、2019年4月11日にスーダンで起きたクーデターにより30年も続いた「バシール独裁政権」を崩壊させたからだ。
 このクーデターは2018年12月から始まっている。軍部を中心に、その軍部を、NEDに支援された一部の市民が応援し、2019年4月に政府転覆を成功させた。
 軍部がクーデターを起こしているので「民主化運動」と名付けるわけにはいかないところに、スーダンの苦悩がある。しかしそれでもアメリカから見れば、NEDが支援した側の軍部が権力を握ったので、アメリカの言いなりになる政権ができ上がったと位置付けることができる。
 アメリカの傀儡となるのならば、何でもいいのだ。
 こうして、その翌年である2020年にNEDはクーデターを成功させるために協力したスーダン市民社会(RCDCS)にNED民主主義賞を授与した。この時にスピーチをしたNEDのカール・ガーシュマン会長(当時)が「スーダンに対するNEDの助成金プログラムは、1989年以来、継続的に行なわれており、12月革命の成功は、スーダンの人々と私たちとの絆を、ひたすら深めたのです」と発言している。
 これが2020年7月23日のNEDのウェブサイトに記載されているのを、ようやく、ようやく発見したので、スーダンへのNEDの浸透は1989年から始まったことを突き止めたのである。
 今般のスーダンでの軍事衝突が、あくまでも「軍と軍」の衝突であることは注目に値する。
 すなわちアメリカは、親米政権を創るために、それまでの政府を転覆させただけで、「民主化」には成功していないのだ。
 世界中いたるところで、全米民主主義基金=NEDが「各国の民主化を支援する」という建前で「活躍」し、本章で掲載した数知れぬ紛争を巻き起こしてきたが、実際に「民主化」された「標的国・地域」は非常に少ない。ほとんどはエンドレスの紛争と混乱を巻き起こしただけで、合計すれば数千万にのぼるかもしれない命を奪いながら、アメリカの軍事産業が儲けているだけなのである。
 アメリカの軍事産業を繁栄させるために、第二次世界大戦後の人類は、ひたすら混乱と紛争の中に追い込まれて、尊い命を奪われてきたのが実態だ。
 その原因は、NEDは「平和を目指す組織」ではなくて「第二のCIA」であり、「民主を武器化するマシーン」でしかないからと言えないだろうか?
 今、日本は、そのCIAの牙の真っただ中にいる。
 (筆者注:2025年1月のトランプ政権誕生により、同年2月末にUSAID(アメリカ国際開発庁)の解体が発表された。このUSAIDは、NEDの主たる資金源であり、それに伴ってNEDの活動も大幅に縮小されていくものとみられている。
 

「2027年台湾武力攻撃説」の根拠は?

 事実、現在のアメリカのウィリアム・バーンズCIA長官は、2023年2月2日、「習近平は2027年までに台湾を武力攻撃する」と発言し、「証拠もある」としている。同様の発言は2021年3月から始まっており、その後ますます激しくなり、世界を操っている。特に日本は、その真っただ中にいて、「操られていること」に気が付かない。こうして日本人が命を落とす、次の戦争へと、日本を誘っていることに日本は気が付かないのである。
 バーンズは2月2日の発言で、さらに「アメリカ政府は〝諜報活動などで得られた情報″として、習近平が2027年までに、(現在自立している)台湾を侵攻するための準備を行なうよう軍に指示していることを把握している」とさえ言っているのだ。2021年3月以来の一連のアメリカの発言により、世界中に「台湾有事」という幻が、現実であるかのような印象と脅威を与えるようになっている。日本では安保体制や防衛予算まで増強し、「台湾有事」に備えようとしている。もし本当に「台湾有事」となった時に、真っ先にやられるのは台湾である以上に日本だ。なぜなら第三章の図表3-3の説明文で書いたように、日本には世界一多い5万3973人の米軍が駐留しているだけでなく、図表6-9に示すように、日本には世界最多の大型米軍基地があるからだ。しかも尋常ではなくダントツに多い。



 別の見方をすれば「抑止力」になっていると言えないではないが、しかし何もわざわざ「台湾有事」を煽る必要はない。万一にも本当に戦争に入った時は、日本人の犠牲者は史上最大のものになる危険性がある。
 そのような危険性に向かって突進するよりも、日本政府は日本国民の命を守るために、もっと優先しなければならないことが山のようにあるはずだ。日本が軍事力を強化すること自体は悪いことではないにせよ、日本ならではの判断と戦略による中立的立場で軍事力を強化するほうが「日本の国力」が強くなる。しかし日本はアメリカに追随する方向でしか軍事力強化さえできない。その理由は終章で述べる。
 では、アメリカが言い出したところの、この「2027年」という根拠は何なのだろうか?
 それは2020年10月26日から29日まで北京で開催された第19回党大会の五中全会(第五回申央委員会全体会議)の結果、中国共産党綱で10月29日に発布された「第19回党大会五中全会公報」に「確保二〇二七年実現建軍百年奮闘目標(2027年の建軍百年に向けた奮闘目標を実現しよう)」と書いてあることが原因だ。2027年の建軍百年記念に向けて頑張ろうと表明したのは、この時が初めてである。
 公報の末尾のほうに書かれた「17文字」の中国語の後には「要保持香港、襖門長期繁栄穏定、推進両岸関係和平発展和祖国統一」(香港、マカオの長期的な繁栄と安定を保ち、両岸関係の平和的発展と祖国統一を推進しよう)とある。「両岸関係」というのは台湾海峡の両岸で「大陸と台湾」のことを意味している。「祖国統一」は建国当時から何度も何度も唱えられてきた言葉で、新たに習近平が言った言葉は何一つない。
 唯一新しいのは、「2027年は中国人民解放軍の建軍百周年記念なので、頑張ろう!」と呼びかけただけである。何に向かって頑張るかに関しては「加速国防和軍隊現代化、実現富国和強軍相統一(国防と軍隊の近代化を加速し、富国と強軍の統合を実現する)」と書いてある。
 建軍百周年記念なら、それくらいのスローガンを書くのは、ごく自然なことだろう。
 同年11月26日、新華網には「国防部が、2027年の建軍百年の奮闘目標実現をどのように理解するかを紹介した」という報道がある。その中で国防部は記者の「どのようにして実現するのですか?」という質問に対して、おおむね以下のように答えている。
 第一は情報化・スマート化で、第二は軍隊の現代化、特にハイレベル軍人の養成が必要になります。第三は「質」の高さを堅持することで、ハイレベル化発展と効率を優先させることを目指します。第四はやはり「国防力と経済力を同時に高めること」です。
 何のことはない。
 CIA長官のバーンズが言った「証拠をつかんでいる」という、その「証拠」とは、「2027年の建軍百周年記念」でしかないのである。アメリカ側の「2027年」という発言は、2020年10月29日に発布された「第19回党大会五中全会公報」以降に突然出現し始めているのだ。
 習近平はそれまで、2027年に関して声明を出したことはない。この時が初めてである。
 習近平のこの言葉を受けで「2027年台湾武力攻撃説」に関して口火を切ったのは米インド太平洋軍司令官フィリップ・デービッドソンで、彼は2021年3月9日に上院軍事委員会の公聴会で、「今後6年以内に(2027年までに)中国が台湾を侵攻する可能性がある」と証言した。
 これに対して2021年6月17日、マーク・ミリー統合参謀本部議長が米議会下院軍事委員会の公聴会で「近い将来に台湾武力侵攻が起きる可能性は低い」と述べ、6月23日になると、さらに一歩進んで「中国が台湾に2年以内に軍事侵攻する兆候は、現時点ではない」との見解を示した。
 それでもなお2022年9月16日になると、CIAのデービッド・コーエン副長官が、習近平が「台湾を2027年までに奪取するのに十分な軍事力を中国軍が備えるよう指示した」と主張した。
 恐るべきは、2023年1月24日になると、自民党の国防部会・安全保障調査会・外交部会がデービッドソンを日本に招聘して当該部会で講演をしてもらったことだ。デービッドソンは「2027年までに、中国が台湾を侵攻する可能性がある」と主張。「一昨年、米議会軍事委員会の公聴会で明言したことについて、この見解は現在でも変わっていない」と強調している。
 そして、それを後押しするように本節冒頭で述べた2月2日のバーンズCIA長官の「2027年武力攻撃」発言に戻っていく。論理はこの中で閉じていて、まるで「こじつけ」だ。それでも日本人はそれに飛びつく。
 2022年10月25日の第20回党大会における習近平の演説にしても、文字数にすれば3万2522文字の中のたった11文字の「但決不承堵放弄使用武力(ただし決して武器使用を放棄はしない)」という言葉を「しめたー」とばかりに切り取って、「ほらね、やっぱり台湾に対して武力攻撃を放棄しないと習近平は言ったでしょ?だから台湾武力攻撃はあるんですよ」というトーンでNHKをはじめ大手メディアが報道するものだから、残り3万文字以上の内容を知らない日本人は、「やはり台湾有事はあるんだ!」と信じていくのである。
 習近平はその前後で「何としても平和統一を目指す」とし、「武器を使用しなければならないのは外部勢力の干渉や一部の台湾独立分子を対象としたもので、決して広大なる台湾同胞を対象としたものではない」という種類のことを強調している。しかし、そこは「見ないふり」「聞こえないふり」をして、自分たちが聞きたい部分だけを切り取って「台湾有事」を妄信し、「日本有事」へと猛進するのが日本だ。
 「決して武器使用を放棄しない」という言葉は、台湾和平統一を提唱し始めたあとも、鄧小平も江沢民も胡錦濤も温家宝も全員が何度もくり返し主張してきた常套句だ。そこは見ないようにして、まるで習近平が初めて言ったことにして「何としてもCIAの主張に寄り添い」、日本の政治家やメディアは異口同音に「台湾有事、日本有事」と言いたいのである。
 このようなきっかけを探し出しては、もっともらしい論理を創り上げ、「標的国・地域」の政府転覆を目論み実行してきたのがアメリカCIAであり、「第二のCIA」NEDであることは、本章で列挙したリストをご覧いただくと、明確に浮かび上がってくるものと確信する。
 CIAが創り上げた「台湾有事」によって日本は戦争に巻き込まれ、本章でリストアップした図表6-2や図表6-8の最後の一行に、「日本」が加わるだけでしかない。それが、戦後アメリカが形成してきた「国際秩序」ではないのか。
 本書冒頭から書いてきたように、習近平の軸は筍子の教えの【兵不血刃】にあり、「戦火を交えずに勝つ」という国家戦略で動いているので、経済連携と和解工作によって世界秩序を形成しようとしている。それが本書のタイトルである『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』に基づいて構築する「世界新秩序」である。
 戦争によって構築するのではなく、「和解工作」によって中国側に引き付けていくやり方なので、スーダンに関しても、すでにその態勢に入って動き始めている。それは本書第二章で述べた中東和解外交雪崩現象と同じく、アフリカでも2022年1月6日に「非洲之角(アフリカの角)和平発展構想」を提案し、「アフリカの角事務特使」を任命することを発表して、2023年2月16日にはスーダンを含めた「国際調解院準備弁公室」を設立している。これにより多角的に中東とアフリカの「和解外交雪崩現象」を引き起こし、世界新秩序を構築する国家戦略で動いているのだ。
 アメリカの「民主」を掲げた「戦争と内紛と混乱」は人類に平和をもたらさず、無限に人類の命と安寧を奪い、ひたすらアメリカの軍事産業を肥え太らせていく。
 言論弾圧をする中国が良いとは言わない。
 むしろ、そればかりは許せない。
 「チャーズ」を経験した著者は、その言論弾圧と闘うために執筆活動を続けているのだ、と言う。しかし執筆活動は真実を描くものでなければならない。そうでなければ「チャーズ」で餓死していき、ごみのように捨てられてしまった数十万の無辜の民のための墓標を打ち建てることができないからだ。
 その真実を追い求める闘いはしかし、アメリカCIAの厳然たる事実を、恐ろしい形で私に突きつけてきた。これを直視できるか否かは、既成概念から自由になり、束縛のない視点で現実を認識できるか否かにかかっている。
 それを可能ならしめるのは「知性の力」だ。
 そうでなければ、日本人はCIAが仕掛けてくる台湾有事が引き起こす戦争により、限りない犠牲を強いられることになる。
 おまけに習近平の【兵不血刃】戦略により、「気が付いたら中国が勝っていた」ということになってしまうのだ。すなわち中国が構築する新国際秩序の中で私たちは生きていかなければならなくなる。
 それでいいのか?
 いいはずがないだろう。
 ならば、日本人はどうすればいいのか。
 それを終章で、皆様とともに考えてみたい、と著者は言う。

第5章へ     終 章へ